ショートショート『レンタル』
昨夜、テレビの報道番組をみていたら、ツィッターやブログで飲食店の従業員数人が、食品のうえに寝そべっている画像をアップして解雇されたというニュースをやっていた。そのお店はしばらく閉店することになるようだ。そのお店の従業員は私が勤めている人材派遣会社から派遣した派遣社員だった。
今回は、接客態度も悪いオーナーとの契約を破棄するために、従業員たちにトラブルを起こさせたわけだ。この会社では表の派遣と裏の派遣業務を兼ねていて、従業員や訪問介護、お手伝いさん、そしてときには期間限定の家族など、さまざまな人材を派遣しているのだ。派遣社員とはいっても、正社員として採用し、半年間、みっちりと研修をさせたあとに派遣をさせていた。まだ二十七歳の私だが、甲信越地区のブロック長として運営を任されていた。
事務所の電話の着信音が鳴った。私以外の社員は就業時間を終えて、帰宅していたので、私が電話をとった。
「はい。バックスペースのマチムラです」
電話をかけてきたのは、今、テレビで報道されている飲食店を全国チェーン展開をしている本社で、人事部長をしている男だった。
「ああ、マチムラさんですか、私はマルチフーズのミムラです。このたびは優秀な従業員を派遣してくださってありがとうございます。お陰でマルチフーズのイメージを悪化させていたオーナーと契約を破棄することができました。なにしろ、チェーン店を展開している会社としては、あの店だけが勝手なメニューをつくり、オーナー個人のやり方で運営をされて、とても困っていましたからね」
「またなにかお困りごとがありましたら、いつでもご相談ください」
「はい。その相談なのですが、今回はおなじ居酒屋をしている競合店をつぶすために、ひとり人材を派遣してほしいのです」
「わかりました。ただ、おなじ会社内の人事でしたら、オーナー店だとはいえ、研修として給料もいらないからと本社から送りこんだことにできますが、他社の場合ですと、少々、荒っぽい作業が必要になりますので、契約金と報酬金が多額なものになりますが」
少しのあいだ間があいてから、
「荒っぽいことというと?」
「その店に勤めている従業員を引き抜きするか、酒に酔ったふりをしてその従業員が辞めるまで嫌がらせをするということです。また、うちの社員を送り込んで、そこでの画像や動画をネットにアップすることでうちの社員が賠償金を請求されるようなことになったときには、その支払いも請求することになります。裁判沙汰になったときにはその費用も必要になりますが」
「それはちょっと考えさせていただきます。また改めて連絡させていただくかもしれませんが、今日はこれで失礼します」
ミムラはあわてたように言って、電話を切った。
私としても、他社の店を閉店させるようなことまではしたくはない。ただ依頼があれば受けるのが会社方針だ。
私は時計をみて、自宅に帰ることにした。家に帰ると、五十八歳になる母が食事を用意して待っているはずだ。だが、血のつながった親ではない。両親はこの会社の社員でもあった。入社式を終えたあと、父から、社員になった限りはいろいろな話を聞くことになるだろうからと私の生い立ちを話してくれた。
父の話では、私は社長の愛人が産んだ子で、その愛人が失踪してしまったため、社長の自費で、自分の会社から今の私の両親を派遣し、里親がみつかるまでという契約で子育てをすることになったのだそうだ。そのうちに情がうつり、籍を入れてくれたらしい。二人はほんとうの夫婦で、子供がつくれない体質だったのだそうだ。今では、私にとってはほんとうの親以上の存在なのだ。
(fin)
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