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短編『夫婦喧嘩を猫が食う』④と⑤完結

4と5 完結😄 

あれから一週間。美子のいない家は、まるで模型でつくられた世界のようで味気なく、なにか自分自身の存在さえ薄れて感じられた。一人で食べる食事も寂しくて美味しくない。美子に詫びて帰ってくるように電話をしようとするのだが、なんとなく延び延びにしてしまっていた。そんなとき、ぼんやりとしていたせいか、ドアをあけたスキに、ミャーが外に出てしまった。すぐさま追いかけたけれども、もう夜も十時を過ぎていた。首輪の鈴の音は聞こえるけれども、ミャーの姿はどこにも見えなかった。


ミャーは箱入り娘ならぬ、箱入り息子だ。家に閉じこめておくのはなんだか可哀想だと思い、屋根の上を自由に散歩させたり、猫用リードをつけて、一緒に家のまわりを散歩をしてはいるが、自由には外出はさせてはいなかった。ぼくの家の周囲の道路は、車も始終走っているし、野良猫たちもいる。なによりも、最近よくニュースでみる、猫を虐待したり、いたずらをする人もいるかもしれない。

もう、いてもたってもいられず、冷や汗をかきながらミャーを捜し続けた。近くに寄ってくることはあっても、自由の身になったチャンスをみすみす逃すものかと、目にもとまらぬはやさで素早く身を翻して走ってゆく。

いちど家に帰り、タバコを吸い気を落ち着けてはまた捜しにでかけた。今はまだ車も通らないからよいが、朝になったら通勤で車が多くなる。はねられたミャーなんてみたくはなかった。ミャーの名前を呼びつつ、懐中電灯をあちらこちらに向けては、ミャーの姿を追う。ミャーは家のなかでよくやる追いかけっこのつもりなのか、なかなか捕まらなかった。

ぼくは家の玄関の戸を少しあけて、ミャーが帰ってくることを信じながら待つことにした。しかし、夜中の一時をまわっても、ミャーは帰ってこなかった。しだいにミャーに対して腹がたってきた。ミャーはぼくのことを親のように慕ってくれていると思っていたが、本当は、ごはんをだし、寝床を提供してくれるだけの存在だったのだろうか。ミャーは安定した生活ではあるが、いつも窮屈な思いでいたのだろうか? そうした家を離れて自由を選択したのだろうかと、不安と苛々した気分、そして寂しい思いが複雑な交差して、ベッドに横になっても、まったく眠れなかった。

そうこうしているうちに、窓の外が明るくなってきた。夜の闇が、空の時計を気にしながら、どこかへと帰り支度をしようとしているようだ。すずめが朝を待ちわびたようにさかんに鳴きはじめている。闇に脅え、ひっそりとして木々や電線にとまっていたすずめたちは、闇のなかでなにを思っていたのだろう? 闇にくちばしをふさがれて、仲間の姿もみえず、闇のなかに自分さえも吸い込まれていくような、不安な思いで脅えていたのだろうか。

ぼくにとってミャーは家族、友人、ましてやペットではない。かけがえのない存在だ。人とちがって心変わりもしなければ裏切ることもしない。ぼくが愛情をあたえる分だけ愛情を返してくれる。ただそばにいるだけで癒やされ、生きていく力をあたえてくれる存在なのだ。

ぼくは改めて外にでて、ミャーの姿を捜した。五月はじめの朝はまだ肌寒い。けれども、朝の初々しい風は、疲れた心にはなによりも心地よかった。汗がほんの少しだけにじんできた。もうミャーを探すのを諦めて、そろそろ帰ろうかと思い、家の玄関に入ろうとしたときだ。家の庭のあたりにミャーがちょこんと座り、ぼくをじっとみつめていた。ミャーの名を呼ぶと、ミャーが勢いよく走り込んできた。なにやら興奮し、治まらないようで、家のなかじゅうを走り回っていた。ぼくはほっとしてそのままベッドに倒れ込んで寝た。無情にも目覚まし時計が鳴り、寝不足のまま仕事にでかけた。
 
               

母は私が二十四歳のときに亡くなり、父も数年前に肺炎でこの世を去っていった。そんな傷心の日々を送るぼくの目の前に現れたのが美子だった。新聞でぼくの父が亡くなったことを知り、お悔やみの電話をくれたことがきっかけになり、再び美子と会うことになったのだ。支えてくれた美子がいたからこそ立ち直ることができたのだと思う。

美子とは別れと再会をくりかえしてきた仲だった。腐れ縁なのか、縁が深いのかわからないが、ぼくが苦しくてどうにもならない時にかぎって再び現れてくれる不思議な存在だった。人は一人では生きていけないものだなと、美子とのふれあいのなかで強く深く思い知らされた。

ぼくの膝で眠る、ミャーの背中をなでながら、

「ミャーが邪魔していたのは、きっとこうなることがわかっていたからなんだろうな」
 と、いうと、ミャーは尻尾をふりながらひとつ大きなアクビをした。


まるでそらみたことか、と呆れているかのように。そしてぼくの膝から跳び起きて、大きくのびをすると、電話機のうえに飛び乗って動き回りなんどかピポパと音をたてていた。そして後ろ足で受話器を蹴り上げた。しばらくすると受話器から美子らしい声がする。ぼくは急いで受話器を取り上げた。

「美子?」

「そうよ。もっとはやく電話をしてくるかと待っていたのに……」

「ああ、ぼくが悪かった。もう二度と株には手をださないよ」

「そうしてね。満彦」

どうやらミャーが乗ったボタンは短縮番号で、美子の携帯電話にかかるものだったらしい。偶然なのだろうが、ミャーが電話をかけてくれたのだとはいえなかった。

それ以上に、懲りずに猫のペット・フード会社の株で、百二十万ほどの利益をだしたなんてことは口が裂けても話せはしない。とにかく、ペットフードの株で利益を得たことを機会に、もう二度と株には手をださないつもりだ。それにしても、ミャーにとっても夫婦喧嘩は消化に悪いものらしく、ミャーが電話機の近くで嘔吐していた。吐いたものをかたづけようと近寄ると、嘔吐した毛玉のなかに、美子が無くしたと話していた、結婚指輪が光っていた。

             (fin)

星谷光洋のオリジナルソング・2分以内のShortソングです。







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星谷光洋
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