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ショートショート『選者の憂鬱』
私は関東にある新聞社の、読者文芸、ショートショートの選者をしている。
毎週、日曜日の読者文芸では、読者が応募してきた、詩、俳句、短歌、そしてショートショートが掲載されている。私は、過去に誰でも知っているだろう、文学賞をいただいたこともあり、作家として、ショートショートの選者を依頼され、選者を務めているのだ。
新聞社、文芸部を担当している記者から、10編の原稿が選ばれて、メールに添付されて送信されてくる。その中から、毎週、1編の入選作と、数編の作品をとりあげて、感想を述べるのだ。
私なりに客観的に選んでいるのだが、ときおり、私が発信しているXに、作品を応募して、入選できなかっただろう者たちから、あれこれと批判めいたDMが送られてくる。それが私を憂鬱な思いにさせている。もちろん、誰からのDMなのかは、私のようなSNSにうとい者には特定しようもないし、大げさにすることでもないと思っている。
今は、友人の作家さんから聞いて、受診の設定を変更して、今は特定の人からしかDMが来ないようにしている。
そんなある日、私はとある悪ふざけを思いついたのだ。
ほかのペンネームで、知人の住所と電話番号にして、ショートショートを書いて応募してみようと思ったのだ。これがプロが書くショートショートだと、読者に知らしめたいと思う気持ちもあった。
読者文芸のショートショートはエンタメや純文学系など、ジャンルは自由。1600文字以内の規定があった。そして、原稿は手書きか印字したものを新聞社に送付するきまりだ。
私は、読んで、笑ってもらえるような楽しいショートショートを書いた。
もちろん、文学的な表現も、随所にちりばめていた。そして、知人に頼み、宛名と住所を書いてもらい、知人の近くの郵便局から発送してもらった。
知人は、私の原稿を読むことなく、「川原さんの作品なら、まちがいなくおもしろいでしょう」と言ってくれたが、もちろん自信はある。
そして、読者文芸を担当する者から、原稿が添付されたメールが届いた。
だがないのだ、私が秋月の名前で応募した、「美味しい夢」 という渾身のショートショートが、10編のなかにも選ばれていなかったのだ。
私は、ややパニックとなり、読者文芸を担当している記者に電話をかけた。
「もしもし、川原玄二だが、斉藤君かね」
「はい。川原先生ですか、いつもお世話になっています。斉藤です。突然の電話で驚きましたが、なにかありましたか?」
私は受話器を持つ手が震えるのを、なんとか抑えつつ、話を続けた。
「いや、なに、たいしたことではないのだが、先日、知人から電話があってね。今回、私が選者をしている読者文芸に、秋月。秋と月と書いて、秋月のペンネームで応募しましたというので、今回、10編のなかになかったので、次回に回されたのかと思いましてね」
私の胸の鼓動が高まってくる。内心、悪ふざけの応募などしなければよかったと、後悔しはじめていたが、斉藤君の明るい声がさらに私の心に闇を招く寄せた。
「あー、はい。秋月さんですね。先生の知人の方でしたか。今回は担当の者たちも同意見で、残念ながら、選にもれてしまいました。すみません」
私の背中から、なめくじのような、いやらしい汗が、たらりたらりとぬめり落ちてくる。
「いやいや、そうなんだね。 いやなに。それは仕方のないことなのだが、私の方から知人に選にもれた理由を説明してあげたいので、私に遠慮なく、ほんとうのところを教えてもらえないだろうか」
「そうですか、先生の知人の方と知っては、申し上げにくいのですが、笑いのセンスが古いといいますか、表現も時代遅れで、私たちが読んだかぎりでは、少しもおもしろいと思えなかったのですよ……」
斉藤君の話を聞いているうちに、私の意識がしだいに薄れていき、いつのまにか受話器を降ろし、電話をきっていた。
(fin)
ここ数年、新しいミュージシャンが魂に響いてこないので、感性もなくなったかと思っていましたが、すごく心を撃ち抜く、サウンドと歌のバンドと出会いました。
私もひとりのアマチュアミュージシャンとして、叫び続けたいと思いました。心底待ってました!
Hump Back - 「拝啓、少年よ」Music Video
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