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超短編『正月雛』

年賀状をとりに玄関にいき、ついでに外のようすをうかがおうとアパートのドアをあけた。昨夜から降りだしていた雪もやみ、雲と雲のあいだから、目を覚ましたばかりのような太陽が、顔をのぞかせていた。

二十七歳の頃、転勤で新潟に越してから二回目のお正月を迎えたが、ひとり暮らしをしている身にとっては、年のはじめを祝う世間の賑々しさはかえって寂しさをつのらせる。

実家の母はすでに亡くなり、兄弟たちもすでに家庭をもっていた。父もお伊勢参りで家を留守にするらしいので帰省はとりやめた。 

仕事もなんとかうまくやっている。けれど、心を打ち明けるほどの友人はいない。ただ、石川に住む彼女からの電話や手紙だけが心を癒してくれた。その彼女も、海外で、少数の友人や双方の家族だけで行なわれる、親友の結婚式に出席すると聞いていた。

お腹がすいてきたので、なにかを食べようと台所ともよべない狭いキッチンにいった。こんなときは、正月らしい弁当などを買って食べると、よけいに寂しくなってしまうと思い、あらかじめ買っておいたインスタントものを食べて過ごし、テレビも正月番組は観ないで、サブスクでの映画を楽しむことにした。とにかく、正月であることを忘れてしまいたかった。

インスタント麺の袋をあけようとしたら、玄関のチャイムが鳴った。ぼくのアパートに訪ねてくるほど親しい人は思い浮かばない。 

ドアをあけると、クール便のシールが貼られた荷物をもった年配の配送員が立っていた。 
「元旦から仕事ですか?」

ぼくは人恋しさで、つい声をかけていた。 

「ええ、この不景気ですからね。二年前から元旦でも配達をしているんですよ」

配送員の顔はそれでも明るく輝いていた。 
送り主のところに、手書きで書かれた彼女名前をみつけて妙に心がときめいた。

ドアをしめ、さっそく箱の中身を確かめた。 
透明なプラスチックのケースには、なにやらお汁のようなものが冷凍にされて入っている。それからお餅と、小さな門松。そして折紙でつくられたらしいお雛さまのような人形がふたつ。人形の顔の部分には、ぼくと彼女の笑顔だけの写真がそれぞれに貼りつけられていた。

さっそくお汁を電子レンジであたためた。味見をすると、やはりお雑煮の汁らしい。お餅もレンジで加熱して丼にいれた。かつおの香りが子供の頃を思いおこさせた。

雛人形をテーブルに仲良くならべ、その近くに門松を置いた。お雑煮を食べながら雛人形をみていると、その小さな世界だけが、初々しく、かすかに華やかな雰囲気で満たされていくように感じた。

手紙の封をあけて、彼女の言葉にふれた。

「あけましておめでとう。この手紙を読む頃には、グアムにいると思う。一緒にいられなくて本当にごめんね。せめて、ほんの少しでも正月気分を感じてもらいたいと思っていろいろと考えたの。人形を私だと思って過ごしてくれたらうれしいな……」

雛人形をみつめながら、お雑煮を食べた。少々熱くしすぎて舌が口のなかで踊る中、だしの苦味と野菜の甘味に、塩辛く熱い思いがこめられた、ぼくの涙ひと粒が付け加わった。 
今年こそ、かならず結婚指輪を贈るからね。そう、彼女の雛人形に約束をした。

                (fin)

星谷光洋MUSIC Ωより。K・Yさんのオリジナルソング

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星谷光洋
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