現代のホラー『ありがたむら』ショートショート
男は、ひとりで黒鳥山に登っていた。この日は男の32歳の誕生日で、ひとり、頂上にてワインで祝杯をあげる計画だった。だが、途中で道に迷ってしまい、薄暗い山のなか、つい足を滑らせて岩に頭をぶつけて意識を失ったのだった。
翌朝、気がつくと、いつのまにかベッドで寝ていた。緑色の土壁で、なんの装飾品もない、六畳ほどの薄暗い和室だった。
「ここはどこだ!」
大声をだすと、頭に激痛を感じ、頭を押さえた。それからすぐに五歳くらいの赤いリボンで髪の毛を束ねた女の子がやってきた。
「おじちゃん、気がついたんだね」
ベッドからおきあがると、二十代前後の若い女性たちと老女が、大河ドラマでしかお目にかかれないような着物を着て、男のいる部屋に入ってきた。
「起きなさったかいのぉ」
皺だらけの老女が男に声をかけた。
「ここはどこなんですか?」
「ここは、有難や有難やの、有難村じゃ。おまえが山の中で倒れているところを助けたのじゃわ」
「そうですか、それにしてもおかげで助かりました。確かに縁起がよさそうな村の名前ですね」
「ふん、そうかのぉ。ここはわしらだけが自給自足で暮らしている独立した村なんじゃがな」
「そんな村などあったのですか?」
「現にここにあるんじゃ。よそ者に知られてはならんところじゃ。男どもがたくさんやってきては、この村の平安が壊れてしまうでの」
「それにしても、よくこの村の存在が知られずにいるのですね」
「そないなことはどうでもよろしい。おまえさんはこの部屋の娘から、気に入った者を嫁にするのじゃ。ここではなぜか男が産まれん。だから、よそから男を連れてくるんじゃよ。おまえは生涯この村で暮らすんじゃ」
「なんですって! そ、それは出来ません。ぼくには愛する人がいるのですから。ぼくのほかにも男はいるんでしょう?」
「男は先祖伝来の薬で中毒になっておる。男どもは薬欲しさに逃げることはせんし、男を見張っている女たちもおるから逃げられんが、薬で種つけができんのじゃ」
「だめか、どうしてもだめなのか?」
老女は、顔の皺のひとつひとつが魚の目のような恐ろしい形相になっていた。男は老女をにらみつけ、深く頷いた。
「では、仕方がないのぅ。おまえの息をとめて、おまえの種を取ってじかに娘に入れてやるで」
「そ、そんなー、帰してくださいよ」
老女の顔がいやらしく歪んだ。どこからか男たちの地底から響いてくるような呻き声が聞こえてきて、男は恐怖で失神しそうになった。
男はあわてて胸のポケットをまさぐり、スマホを取り出そうとするがスマホがみつからない。
娘たちがいっせいに立ち上がり、老女と一緒に、「有難や、有難や!」と口にしながら、まるで踊るように体を揺り動かしながら、手に持った包丁を振りまわしていた。
「なんにも有難くないところじゃないか!」
男が叫ぶと、
「有難は、有る難と読むんじゃ。まさにおまえにとっては有難村じゃろう」
男が逃げ出そうとベッドから起き上がったとき、目をつりあげたおぞましい形相の娘たちが、男に向かって、いっせいに飛びかかっていった。
*
男が目覚めると、白い部屋のなかのベッドで寝ている自分がいた。
「ああ、助かった。悪い夢だったのか」
だが、男はすぐに見慣れない部屋にいることに気がついた。
男はすぐにベッドから起き上がろうとしたが、拘束着をつけられ、ベッドから動けないようにベルトで固定されていた。
「ここはどこだ! なんなんだこのベルトは? 誰か、誰かいないのかー!」
別室で男をモニターしていた白服の二人が、なにやら会話をかわしている。
山の里に作られた村。村人達は日本各地、各分野に秀でた者たちを集めた者たちだった。
最初は心療内科の医師だった村長の吉田が経済界の重鎮を催眠術で洗脳し、資金を集めてはじまった有難村も、今では数十人を超える者たちが共に生活をしていた。
「佐久間君。君の作成したVRの世界はリアルで、あの男も現実だと信じたようだな」
所長の吉田が満足そうに佐久間に話しかけた。
佐久間は吉田村長の目をみて、少し笑顔を浮かべて、
「ありがとうございます。吉田村長。つぎの段階の戦争と大災害のVRはさらにリアルで自信があります」
「佐久間君。君の才能は信頼しておるよ。今からつぎの段階に進めよう。我々の計画の第一歩、人間達を拉致し、拉致したさいの記憶を消し、強いショックをあたえてから洗脳させ、我々に依存させてから経済界や政界に送り込み。我々が陰から日本の舵取りをしていくのだ。我々は宗教組織ではない。現実に日本を動かしていく組織なのだよ。あの男は恐ろしい悪夢のような世界をみていくことになるが、この現実社会こそが醜悪な悪夢そのものなのだ。我々はその現実の悪夢から解放させるがための、有難村の村人たちなのだ」
(了)
※画像はカセットボーイさんの作品です。ありがとうございます。
本文は1994文字。