SFショートショート『あれ』
※ 以前にnoteでUPさせていただいた物語ですが、個人的な事情で、削除したものです。
地味でおもしろいショートショートではないのですが、好きなショートショートです。それは今の私の心境を書いているからです。
SFショートショート『あれ』
早朝から瓦礫の街で作業をし、夕暮れになると、班長が作業終了を口頭で知らせる。
私は数百人の人たちとともに、瓦礫の山を崩し、ガラクタなどを指定された場所にリヤカーに積んで運ぶのだ。地下深くに設営されていたシェルターには、政府関係者が住んでいるらしいが、どの地域にはあるのかは知らされていない。そのシェルターには、崩壊前の世界そのままを移し、選別された人たちが密かに暮らしていると噂されていた。
その地下世界では電力も使用されていて、その一部の電力が表の世界にも使用されているそうだ。もしも、地下世界の地点が知られているなら、私を含めたすべての人々がその世界に我先になだれこむだろう。収容人数に限りがある地下世界に住む人々の命さえ危ぶまれるのだ。まさかの隕石の落下によって、日本も世界も混乱の極地にあった。被害がなかった地域もあるのかもしれないが、日本では情報を発信してきたマスメディアもネットも破壊されているのでわからない。
政府関係者や一部の人は知っているのかもしれない。だが、その情報を手に入れたとしても今の私の状況ではどうにかすることはできないのだ。
しかし、私は日々の労働に疲れ果て、地下世界の地点を捜そうなどという気力などおきない。今日も私は作業を終えたあと、配給カードを自動販売機にさしこんだ。カラカラカーンと耳障りな音をたてて、缶コーヒーがでてきた。やはり"あれ"ではなかった。私の本当に、欲しいものは別のものだ。物余りの時代は崩壊し、昔のように商品を選択できる時代ではなくなった。食料、飲料水の在庫は、発売中止や売れずに在庫になっていた商品が自動販売機にいれられて、ルーレットのように、なんの商品がでてくるかはでてくるまでわからない。
現代、“あれ”は人々の希望に違いない。昔ならあたりまえのように飲んでいたもの。たしかに“あれ”は貴重なものだろう。どこから送られてくるのかは政府で極秘にされている。缶が鳴る音がするたびに、自動販売機にみんなの注目がゆく。
「カラカラカラーン……」
今日も空しい缶の音が鳴り響く。
海や川は放射能で汚れている。人々の髪の毛もその影響で抜けおち、寿命も短い。二十代で亡くなる人のほうが圧倒的に多いのだ。だから、誰もが一度は“あれ”を死ぬまえに口にしたいと切望していた。
配給カードは、自動販売機はなにがでてくるかわからない食料や、海水を合成したらしい、不味い飲料水を受けとるためのもの。食事といえば、たいていは乾パンなどの味気ないものばかり。私はもう年老いた。体調は日に日に悪くなっている。最近では仕事もろくにできないで、汚れきった毛布にくるまって寝込む日々が続いていた。
そんなある日、役所の者が特別配給カードをもって私のところにやってきた。いよいよか……。特別配給カードは、先の見込みのないものに支給される最後のカードだ。明日からはもう支給されることがなくなり、明日、施設にいき、安楽死を迎えるか、自力で生き抜くかを選択することになる。
「ごくろうさまでした」
少年のような顔立ちをした役員が、乾いた声で言う。なんら感情を感じられない。それはそうだろう。私のような者はどこにでもいるのだから。
私はよろよろと立ち上がり、その配給カードを持って自動販売機のまえに立ち、ゆっくりとさしこんだ。
「ガッコーン」
いつもと音が違う。すばやく取り出してみると『富士山の水』が入ったペットボトルだ。ようやく手にいれたのだ。もう、わずかしかないというミネラルウォーター。私は感激して涙を流し、大切に胸にかき抱き、瓦礫の下にある自分の寝床にもぐりこんだ。そして、少しずつ口にふくみ、ゆっくりと喉に浸していった。富士山の水を味わうように飲み込んでいると、子供の頃からの思い出が湧き水のように心のスクリーンに浸み込んでいった。
両親のたわいもない話。父のTシャツ姿。母の豪快な笑い方と、女神のような笑顔。ああ、とても懐かしい。飼っていた犬のマルチーズのチェルシーが尻尾をさかんにふっていた。
あれからいろいろとあった。今は隕石がすべてをリセットしてしまったが、決して悪いことばかりの人生ではなかった。心から愛し、愛された日々もあった。オリジナル曲をつくってライブもやっていた。好きなことをやり続けられた充実した日々だった。
気がつくと私の頬に涙が伝っていた。そうか、まだ涙を流せるのか。まだ人間らしさが残っていたのだと思うと、なんとなくうれしくなった。
「ありがとう」
誰に対してなのかわからないが、久しぶりの言葉が、口からもれていた。
(了)
星谷光洋MUSIC Ω『LIVE録音・放浪者』弾き語り
気にとめていただいてありがとうございます。 今後ともいろいろとサポートをお願いします。