vs,SJK:vs,モスマン Round.4
電光石火の如き異形少女の攻撃!
店舗前通路で、ボクは格闘戦を展開していた!
だって、問答無用に襲ってきたんだもん。
両手に苦無を持って。
「ねえ、胡蝶宮先輩?」
「誰が先輩だ!」
「だって、一個上じゃん」
「学校が違うだろうが!」
「じゃあ〝シノブン〟でいいや」
「シシシシノブンッ?」
何だよぅ? そんな動揺する事?
カナブンって命名したなら、ともかく。
「でさ、シノブン? まさかボクの異能化に一枚噛んでる?」
「貴様の異能化に、私の意志など介在していない!」
格闘戦なら、またボクにも分がある──と、正直自負していた。実際、毎度のように運動系部活の助っ人を頼まれるぐらいだし、その中には〝空手〟や〝柔道〟等の実践的格闘技も含まれるからだ。
しかしながら〈忍者〉の肩書は伊達じゃない。
理知的な印象に反して、彼女の体術は鋭いものだった。
繰り出す鉄拳を的確に捌き、時には反撃を織り交ぜる。その技量に隙は無い。
だけど、ボクには頼もしい武器がある──即ち、鋼質化した左腕だ。
それを盾として弾きつつ、ノーダメージで捌き続ける!
「じゃあ、シノブンの目的は、いったい何なのさ?」
「おとなしく我が軍門に下れ! 日向マドカ!」
「……え? 一緒に水銀灯で群れろって? シノブンと?」
「私を〝蛾〟扱いするな! というか〝シノブン〟やめィ!」
「うわっと!」
上半身を狙った横凪ぎの苦無を、咄嗟の仰け反りで避わした!
けれど、これはフェイク!
至近距離からの蹴り飛ばしが、ボクの腹を突き跳ねる!
「おっとっと?」
傍目に滑稽なステップを刻み、チープなアクリル柵へと縋り止まった。
敵は、その不安定さを見逃さない!
解放された吹き抜けへと浅く飛翔すると、旋回突進の勢いにフライングキック!
「あわわッ!」
見事、脚槍がヒット!
直撃を受けたボクは、アクリル柵を乗り越えて転落してしまった!
ってか、ヤバイヤバイヤバイ!
此処は六階じゃん!
このままじゃ潰れアンパンスプラッタだ!
どうにかしようと、もがく!
ワタワタと、もがく!
されど、状況が好転するはずもない!
だって空中だもん!
ボク、飛行能力なんて無いもん!
仰向けに落下するボクの視野に、更なる不幸が飛び込んでくる!
急降下に追い打ちを仕掛ける巨大蛾のシルエットが!
無防備な落下状態に、再度足蹴りの駄目押し!
「かはッ!」
息が詰まり苦悶を吐いた!
一瞬、眼界が時を止め、思考が白く染まる!
そして、ボクは一階ロビーへと沈んだ!
濛々と飛び散る粉塵と瓦礫!
「マドカッ!」
ボクの身を案じるジュンが上階から覗き込んでいた。
「うう……」
背中を蝕む鈍痛が鎖枷の如く、ボクを地面へと縫いつける。
意識はある。
何故か死んではいない……が、正直身体が重い。
爆塵に霞んで、悠々と歩み来る敵影が見えた。
言うまでもなく、シノブンだ。
「このままじゃ為すがまま……か」
根性に縋り、のろのろと這い起きる。
「ほう? 全身鋼質化を発現したか」
「クッ……だから、さっきから全身が重いのか──って、ふぇ?」
いま、何て言った?
イヤな響きを聞いたぞ?
自分の両手を見た。
両腕だったっけ? 鋼質化って?
いや、左腕だけだったはずだよ?
続けて、顔をペンペンと確認に叩く。
うん、ペンペンだ。
ペチペチじゃなくペンペンだ。
肉打音じゃなくて、フライパンを叩いたような金属音。
とりあえず周囲に鏡面反射を求める。
お誂え向きに、テナント案内の看板保護アクリルがあった。
そこに写し出されたのは、何処か見慣れた初面識のメタリックマネキン!
「うわぁぁぁ~~いッ?」
否定したい確信を悲痛な叫びに乗せた!
鋼質化してたよ! 顔が!
いや、全身そのものが!
「ミ ● ロマンだ! 等身大のミ ● ロマンがいるぅぅぅ~~ッ!」
道理で見覚えのある長い編み下げなワケだよ!
だって、ボク自身だもの!
その髪も、見事に質感が変わっていた。触ってみると極細の鋼糸みたいだし。
「何で全身が鋼質化してるのさ!」
「過剰ダメージによって、鋼質化細胞〈エムセル〉が防衛機能を受動的に覚醒させたのだ!」
追撃の突進がてらに、シノブンが教示。
苦無の連撃を避わしつつ、ボクは訊ね返す。
「エム……何て?」
「鋼質化細胞〈エムセル〉──炭素情報と珪素情報を両存内包した〈第三種四価元素〉を核とする特殊細胞。それこそが、貴様の異能源泉だ!」
うん、ボクに解るワケがない。
だって、小難しい単語のオンパレードだもの。
「その〈エムセル〉の性質故に、貴様は太陽系屈指の硬度を誇る!」
ボクの困惑を余所に、シノブンは至近攻撃の手数を刻む!
乱発する苦無と蹴りが、次々と鋭い弧を生んだ!
「うわっとと?」
ボクは全てを紙一重で避ける。完全に硬度と運動神経任せの力技だけど。
ってか、意外と面倒見いいのな……シノブン。
頼んでもいないのに、全部教えてくれてるし。理解できないけど。
「でりゃあ!」
反撃のストレートを繰り出すも、視界からシノブンの姿が消える!
「ふぇ?」
「此処だ!」
体勢低く屈み、懐へと潜り込んでいた!
視認した次の瞬間、苦無の柄尻がボクの顎を鋭く突き上げる!
「アレ? 痛く……ない?」
うん、まんじりとも痛くない。ノーダメージっぽい。甲高い金属音が鳴り響いだけ。
「さすがに〈アートルベガ〉だな……厄介な硬度だ」
ってか〈アートルベガ〉って、何さ?
明らかに、ボクを指して言ってるよね?
「んにゃろ!」
再度、踏み込みストレートで反撃を試みた!
実戦経験の差か──シノブンは逸早く察知して、浅い飛翔に間合いを取る!
大振りにスカッた鉄拳が、先のフロア案内板を木端微塵に粉砕した!
「うへぇ? 何て威力さ!」
我ながら驚嘆。
気分は、宛ら〈スーパーロボット〉だよ。
「手こずらせてくれる」
半人半蟲の美貌が、微かに苛立ちの色が孕む。
次なる一手を反目に探り合うも、互いに警戒して動けない。
と、不意に手近なエレベーターが開いた。
「マドカ! 無事?」
ジュンだ。
どうやらボクの身を案じて駆けつけたらしい。
まぁ、それは嬉しいけれども……タイミング悪ッ!
そして、ボクの危惧は的中!
「チィ! 気は進まぬが……ッ!」
巨大な羽根が目敏くも獲物へと襲い飛んだ!
「キャアァァァーーッ!」
「ジュン!」
即座に後追いダッシュするが、低空飛行のスピードに及ぶはずもない!
結果、まんまと人質に取られてしまった!
背後から首を絞め上げられ、首筋に苦無が突き付けられる!
「いやあ! やめてーーッ! マ……マドカァ!」
恐怖を叫ぶジュン!
すかさず、ボクはスマホ起動!
「何で録音してるの! あなたはーーッ!」
「一生モンのお宝ファイルにするから!」
「絶交する?」
あ、本気だ。声音が冷たい。
悄々とファイル削除したよ……クスン。
「ってか、速やかに解放しろ! ボクの〝育乳大明神〟なんだぞ!」
「誰が〝育乳大明神〟か!」
人質から怒気られた。この緊迫した状況下で。サラリと織り込んだつもりなのに。
絶対的な優位性を確信したシノブンが、微々と力を込めて脅しを強いる!
「悪く思うな。埒もないのでな。さて、どうする? おとなしく我が軍門に下るか……それとも、この〝育乳大明神〟とやらを見殺しにするか!」
「それ、違うから!」
置かれた立場も忘れて、ジュンからのマジ抗議。きっと染みついたツッコミ体質による条件反射だろう。
「どうするもこうするも……取り返すだけだよ!」
ボクは憤慨を吼えて突撃を仕掛ける!
こうなりゃ強攻策だ!
「無策に向かってくるとは……愚かな」
虚しさに酔うかのように、シノブンは瞼を綴じた。
そして、見開いた目が真っ赤に発光!
途端、ボクの頭を〝何か〟が締め付けた!
「ぎゃぁぁぁーーす! こめかみ割れるぅぅぅ!」
頭を振って大苦悶!
まるで透明万力による拷問だ!
「透明な〝ルー ● ーズ〟がいるぅぅぅ! 伝説のアイアンクローがぁぁぁ!」
「これって……まさか?」
自身が人質とされながらも、ジュンが観察に神経を集中した。
「如何に〈アートルベガ〉とはいえ動けまい? 我が〈電磁眼〉の拘束からはな!」
「やっぱり、そういう事だったのね!」
異能力を誇示するシノブンの言葉に、ジュンが確信を抱く。
「どゆ事さ? 痛たたッ!」
「おそらく、彼女は強力な超電磁波を視線照射できるんだわ。それによって、対象の生体機能を狂わせる。言うなれば、魔眼の類なのよ」
「痛ててて! まるで〝現代版メドューサ〟だな! じゃあ、この頭痛も〝ルー ● ーズ大先生〟じゃなくて?」
「いない! 何処の誰かは知らないけれども!」
伝説の〝鉄人プロレスラー〟に失敬な。
「少しは分析力があるようだな。如何にも、我が〈電磁眼〉は超電磁波を帯びた眼力だ」と、仮説を肯定するシノブン。うん、本人公認設定になった。
「それにしても……痛たたッ! いつまで浴びせてくれてるんだ!」
「この! マドカを解放しなさい!」
非力な人質が形振り構わず腕へと噛みついた!
ボクの事を想ったが故の必死な抵抗だ!
「クッ?」
「きゃあ!」
咄嗟にジュンを突き放すシノブン!
床へと転げ倒れたジュンを忌々しそうに睨みつける。
「窮鼠猫を噛むとは、この事か──邪魔立てするというなら、それ相応の覚悟は出来ているのだろうな?」
「そんなもの無いわよ! だけど、マドカを見殺しにするのは絶対にイヤ!」
床にへたり込みながらも、ジュンは気丈に吼え返した。
けれど、それが精一杯のようだ。
身体を蝕む痛みか──あるいは恐怖からか──地べたに蹲まり動けないでいる。擦り剥いた膝に血を滲ませて……。
「もういい。どのみち、貴様に主用は無い。私の目的は〝日向マドカ〟だ。障害となるのならば……」
「ひッ!」
ゆっくりと歩み迫る異形!
毒牙が迫るも、ジュンに為す術は無い。
だから──ボクは激情任せに飛び込んだ!
「ジュンをいじめるのは誰だァァァ!」
なまはげ宜しくに吼えて、鉄拳ストレート!
「チィ?」
即座に後方回避するシノブン!
ほとほと勘がいいな。
結果として、ジュンから引き離す事には成功したけど。
「しまった! 電磁波拘束が?」
「そうよ!」先程とは一転して、ジュンが毅然と真意を明かす。「一瞬でも視線照射を逸らせば、すぐにでもマドカは、私を救けてくれるもの! 絶対に!」
「ブフウゥゥーーーーーーーーッ!」
「きゃあ? ママママドカ──ッ?」
鼻血噴いた。愛の力で。
「だ……だが、あれだけ超電磁波を浴びた直後に、後遺症も無く動けるだと?」
「電磁波がどうしたーーッ! ジュンのピンチに寝ていられるか! 動けなきゃ動くだけだぁぁぁーーッ!」
「鼻に詰め物して意味不明な事を言わないッ!」
ジュン、ドン引き。
何だよぅ?
ボクの背後に庇われておきながら。
「ともかく! ボクの〝育乳大明神〟に手を出すな!」
「私、やっぱり御神体扱い?」
「ならば、いま一度、電磁眼の餌食とするまで! 今度は〝育乳大明神〟諸共な!」
「……マドカ、後で話がある」
育乳大明神が怒気っていた。
またもや邪眼が赤を帯び始めた直後──「そこまで」──不意に第三者の声が制止に割って入った。
聞き覚えの無い声だ。感情の機微が窺えない無抑揚だった。
声の主は、いつの間にかシノブンの背後へと回り込んで……って、クルロリ?
「なっ? 私の背後を他易く? 何者だ!」
「既に〝日向ヒメカ〟は、私が保護した。無関係な人間を巻き込むのは関心しない。これ以上続けるなら──」
静かな威圧を以て、クルロリが警告。
その手にはカードらしき物を持っている。
それを拳銃宜しく背筋に押し当てていた。
「クッ!」
脅しが効いたのか、巨大な蛾は頭上へと飛翔!
そのまま天窓を突き破って飛び去った!
「今回は引き下がるが、私は諦めたわけではないぞ!」
戦闘の余韻が滞るロビーに、捨て台詞が反響する。
「えい」
「きゃあああああっ?」
戦闘の余韻が滞るロビーに、悲鳴が反響した。
クルロリがシノブンへカードを向けた途端、放電攻撃が発射されたから。
あ、屋上でポテンと落ちた──そして、ヨロヨロと起きた──満身創痍で飛び去った。
アレ、泣きたいの我慢してるな……キャラ的に。
「多少放電しておきたかった。過剰蓄電は機器に悪い」と、クルロリ。
この娘、怖ッ!
ともあれ、理不尽な戦いは一先ず幕を下ろした。
「マドカ」
静かに歩み寄るジュンが、神妙な口調でボクの名を呼ぶ。
「もう大丈夫だよ、ジュ──おぶぶぶぶぶぶっ?」
「変な呼び名を定着させるなーーッ!」
往復ビンタを叩き込まれたよ!
宛ら〝ビビビの人〟みたいなのを!
やっぱり根に持ってたか……さっきの〝育乳大明神〟事変!
ってか〈完全鋼質化〉してるのに痛いって、どういう事さ?
ボクは内心白目を剥いて思った──ジュン、恐ろしい子!
「日向マドカ、とりあえず無事な様子」
事態収束の立役者が近付いて来た。
ボクはジンジンする頬を摩りながら訴える。
「これが無事に見えるのか! クルロリ!」
「……誰?」
思いきり怪訝そうな顔をされたよ。
あ、そっか。
ボクが便宜上付けた呼び名だっけ。
「って、マドカ? 鋼質化が解けているじゃない」
「アレ? ホントだ? 何で?」
ジュンから指摘されて、ようやく気付いたよ。
「さっき多量の鼻血を噴いたから鉄分が減少した」と、クルロリが淡白に解答。
どーいう理由だ! それ!
「でも、部分的に生じてたのは何故? そのせいで、どれだけ気苦労をしたか……」と、ジュン。
アレ? 鼻血説は受け入れるの?
「それは本格的覚醒の兆候に過ぎない。今回の戦闘事態に対する因果率を本能的に察知して、エムセルが受動的活性化を始めたのが原因と思われる」
う~ん? よく解らん。
「まあ、いずれにせよ良かったよ。生理の鉄分も当社比増量じゃシャレにならないもんね」
「当社比って、何処のよ……」
冷ややかなツッコミを無関心に一瞥し、クルロリは事後報告を進行する。
「既に日向ヒメカは自宅へと送り届けてある。特に外傷も精神的傷害も負ってはいない」
「よ……よかったぁ」
安堵にへたり込んだ。
ボクじゃなくて、ジュンが。
「ただし、今回の一件は記憶消去させてもらった」
「え? あ……でも、そうよね。こんな怖い思い、記憶に残っていたらトラウマが──」
「ってか、ジュン! どうしてヒメカには過保護なのさ! ボクには甘えさせてくれないのに!」
「だって、ヒメカちゃんは無力だもの。あなたは自力で何でも解決しちゃうけど」
「贔屓だ! 妬くぞ! 妬いちゃうぞ!」
「はいはい」
「Fか! そのFカップから母性が滲み出るのか!」
「胸、関係ない」
「母性ドーーン!」
──ふにん!
「ひわわわ~~っ?」
乳を抱き庇って悲鳴をあげた。
勢い任せに揉んだから。
「唐突に何をするかーーッ!」
「おぶぶぶぶぶッ!」
ビビビ炸裂!
「次やったら隅田川に流すわよ!」
「うう……じゃあ、しばらく感触の余韻だけで我慢する」
「手をワキワキさせて反芻するな!」
ボク達の姦しさをスルーして、クルロリが平静に切り出した。
「今回の件、アナタ達に説明しておきたい」