vs,SJK:vs,モスマン Round.2
休み時間──。
「うわぁぁぁああ!」
絶叫を轟かせながら、ボクは学校の廊下を走る!
爆走する!
え? 校内で廊下は走らない?
知った事じゃないよ! この非常事態に!
勢い任せに教室後ろの扉を蹴破った!
目標補足──ジュンだ。
貴重な休み時間だってのに、さっきの授業を纏めてたりする。相変わらずの模範生徒っぷりだな。
「え? な……何?」
振り向き姿勢のまま面食らっていた。
さすがに血相変えたボクの気迫を察知したようだ。
そんな事にもお構いなく、ボクは勢い任せに彼女をかっさらう。ラリアート紛いに。
「けはっ?」
息が詰まったらしく、変な声を上げていた。
けど、そんな事は知らないよ!
「うわぁぁぁああ!」
そのまま教室を走り抜ける!
暴走闘牛の如く廊下を駆け抜けるボク!
暴走自動車を避けるが如く道を開ける女生徒達!
そして、暴風に晒された鯉幟の如く暴れ泳ぐジュン!
「ぐっ……ぐるじ……マド……」
聞こえない。
聞こえたけど、聞こえない。
何故なら、いまは爆走に全身全霊を傾けてるから。
「うわぁぁぁああ!」
廊下を走り抜け!
階段を駆け登り!
屋上への昇降口を蹴破る!
テロ破壊かと思える勢いで開いた景色には、清々しいまでの青空が広がっ──「苦しいっての! このおバカ者ーーッ!」──復活したジュンに後頭部を殴られ、そのまま顔面から滑り倒れたよ。
「痛いな! 何すんだよ!」
「私の台詞! いきなり絶叫して現れたかと思えば、人の首をフックして連れ回して! オチる寸前だったわよ!」
食って掛かるも、逆に怒気で呑まれたし。
「仕方ないじゃん! 一大事なんだもん!」
「ヒ・ト・ノ・ク・ビ・ヲ・シ・メ・テ・オ・イ・テ・シ・カ・タ・ナ・イ・ト・ハ・ナ・ン・ダ」
「イタタタタ……」
お仕置きアイアンクローが、ボクのこめかみをギリギリと絞めあげた。
「まったく……何よ? 一大事って?」
「コレを見てよ!」
ボクは堂々たる仁王立ちにスカートを捲り広げ、中身をジュンへと晒け出す!
「この痴女ーーッ!」
「おぶんっ?」
間髪入れずにアッパーカットが、ボクの顎へと決まった。廬山大瀑布さえも逆流させそうなヤツが。
「いいいきなり、ななな何をトチ狂ったのよ! 人気の無い屋上に連れ込んで!」
「何を誤解してんのさ! コレだよ!」
「…………え?」ようやく事態を把握したようだな。「ちょっ……何コレ? え? 鉄?」
うん、例の〈鋼質化〉が下腹部から腰に掛けて発現していたのだ。
正直、トイレに入ってビビった。
幸い脚部には至らなかったから、まだスカートは履けるけれど。あ、ちなみに下着は着用してるから。妙な妄想しないように。
「打ち明けづらいから黙っていたけど、実は昨晩からなんだ」
「コレって貞操帯……」
「履くかーーッ!」
どういう意味だ! それは!
「コレは生身だよ! つまり、肉体! 身体! この左腕も、そうだよ!」
「あ、中二病じゃないんだ?」
「え? いままで本気で言ってた?」
些か意気消沈。
そんなボクを捨て措いて、ジュンは包帯巻きの左腕を軽く指で弾いた。
「……硬」続けて同様に下腹部を確認。「何で? こんな生体現象、見た事ないわよ」
「ボクの方が訊きたいよ」
「まさか、昨日ので?」
「う~ん……断定はできないけど、そうかな~……って。アブられたかな~……って」
「ア……アブ?」
ジュンは頓狂な顔で戸惑った。
彼女はサブカルに明るくない。殊にオカルトとかは。
「アブダクションだよ。UFOに拉致られて色々と生体実験されて、最後は拉致られた時の記憶が忘却処置されんの」
「実験? どんな?」
「多くは謎の金属片を埋め込まれたり、異種交配させられたり……」
「怖ッ!」
「だよね。身元不明の不認知妊娠だもんね。誰の子かぐらいはハッキリしないと、養育費の請求とか困るよね」
「争点、そこじゃない」
ふぇ? じゃあ、ドコさ?
ま、いいや。
それよりも、現状はコッチ。
「でね? もしかしたら、あの時にアブられて生体改造されたかな……って」
「だから止めようって言ったじゃない! まあ、異種交配させられなかったのは幸いだったけど」
幸いか? コレ?
「感触とかはあるの? 触覚とか痛覚とか」
「あるよ。一応、以前と遜色なく」
「トイレは?」
「できた」
「ふむ?」
「ひとりでできるもん!」
「訊いてない」
腰の鋼質化現象をまじまじと観察し、ジュンが黙考に耽る。
「おそらく関節等の要軟質部位は、イオン結合じゃなくてペプチド結合ってトコでしょうね」
「何さ? それ?」
「メンドクサいから掻い摘んで説明するけれど、どちらも分子結合の在り方よ。まず〈ペプチド結合〉は主に炭素等に見られる結合方式で、簡単に言えば〝軟質〟になる。対して〈イオン結合〉は金属や珪素等に見られる結合方式で、こちらは〝硬質〟になる」
「ああ、だから金属質でも関節曲がるんだ」
「そんな単純な解釈じゃ済まされないわよ。ペプチド結合の金属なんて、まず有り得ないんだから」
「もしかして細胞から変質したって点は大きい?」
「かもね。どんなプロセスで成立しているかは知らないけれど」
そして、彼女は胸ポケットからスマホを取り出した。
デフォ画がラッセルの癒し系イラストなのがジュンらしい。俗物趣味のボクとは対極。だって、ウル ● ラ怪獣の〝ゼッ ● ン〟だもん。
で、ネット上の情報をググりだす。
「関連情報は……無いか」
「あったら苦労してないよ」
「やっぱり前例が無い現象だから……あ、一件ヒット!」
「マジ? やった!」
「えっと『左腕が鋼質化しちゃった件』だって」
「あ、それボクがアップしたヤツだ」
「アンタかーーッ!」
スパーンと、ボクの後頭部を叩き過ぎるビンタ!
景気いい破裂音が青空に木霊した!
「何やってるかな! しかも、当事者本人が!」
「最近『いいね』が停滞気味なんだよぅ」
「自身の奇病を〝客寄せパンダ〟にするな」
「ま、それは措いといて──」
「措くな、しれっと」
「──ぶっちゃけコレ、どうなるのかな?」
「あくまでも推測だけど、同様に拡大していく可能性は高いわね」
「え? 全身に?」
「うん、全身に」
あれ?
いま、とんでもない分析論を口走った気がするけど?
「……え? 全身に?」
「うん、全身に」
改めて示唆された予想を脳内に描いてみる。
「てぇぇぇつろぉぉぉくーーーーん!」
「うわ? ビックリした!」
思わず意味不明な絶叫を上げたよ!
絶望的な未来日記だもの!
むしろ、恐怖新聞だもの!
アンドロメダ行きの肉体交換ツアーもしてないのに!
「どうやらサイバネスティック技術じゃなくて細胞レベルのバイオ技術みたいだし、それが腕から脚に拡大したとなれば……ねぇ?」
他人事だと構えて柔和に「ねぇ?」じゃないだろ。
「どどどどうしよう、ジュン! どうしたらいいのさ?」
「私に訊かれても」
「無責任な事を言うな! 恐ろしい予言しておいて! 怯えさせるだけ怯えさせて放置プレイって、世紀末予言のジャムおじさんか!」
「……誰? それ?」
「ノストラダムス。実はジャム作り名人」
「……どうしてあなたといると、要らない雑学吸収しちゃうかな」
「ふわ~ん! このまま〈全身鋼質化〉なんかしたら──」
「まあ、私も何かしら解決策を探ってはみるけれど……」
「──それこそ名実共に〝鋼鉄の処女〟だね!」
「まだ余裕あるわね」
サムズアップでかました即興ボケに、ジュンが冷ややかな反応をしていた。
いや、確かにやってる場合じゃないな。
「言っておくけど、これでも真剣に悩んでるからね?」
「知ってる」鋼鉄の腰をまじまじと観察しながら、ジュンは簡潔に返答する。「あなたはノリで行動するから、そこに然したる意味は無い。けれど、それとは別に問題と正面から向き合う真摯な姿勢も分かってるわよ」
嬉しいな。
やっぱりジュンは、しっかりとボクの事を見てくれていたんだね。
「思考と感情と行動理念が全部リンクしてないだけで……」
「うん……え?」
「要するに〝サイコロ的バカ〟っていうか」
「サイコロ的バカって何だーーッ!」
「とりあえず撮るわよ? 考察するにしても資料は欲しいし」
──カシャ!
軽薄なシャッター音を鳴らすジュンのスマホ。
「ってか、何処の世界に股座をオープンに撮らせるバカがいるのさ!」
「此処にいるけど」
淡白に指摘。
現物と画像を見比べつつ、彼女は細かい観察を続けた。
と、退屈に視線を泳がせたボクは、とんでもないミステイクに気付く!
屋上には誰もいないと踏んで、この場所を選んだワケだけど……一人だけ部外者がいた!
例の銀髪クールロリータだ!
「あわわ」
顔面から血の気が引く。
頭が真っ白になる。
解析に集中するジュンは、まだ気付いていない。
そりゃそうだ。
だって、クルロリが立っているのは、ボクの正面視界。
昇降口の脇。
つまり、ジュンの真後ろだもの。
クルロリは相変わらずの眼差しで、ボク達の行動をジッと見ている。
スカートを仁王立ちに捲くし上げているボクと、その内側に興味津々と見入るジュンを。
「あわわわわ」
見てるよ!
メッチャ見てるよ!
無表情に見つめてるよ!
「あわわわわわわ」
「皮膚触感とかあるのかしら?」
「ひゃうん!」
妙に艶めかしい声が漏れちゃったよ。
ジュンがヘソ下をなぞるもんだから。
ってか、変な誤解に拍車を掛けるような真似をすな!
「違うから! そういうんじゃないから!」
過剰な動揺に言い訳する。
クルロリ、無表情。
「さっきからウルサイ! 一人で何を騒い……で……」
ようやくスカートから頭を出した。
そのままボクの視線を追って、気まずく絶句。
「「…………」」
「…………」
暫し重い沈黙が続いた。
ボク達とクルロリが無言で視線を交える。
「…………」
やがてクルロリは昇降口へと踵を返した。無言無表情のまま。
「「ち……違……」」
ボクとジュンの弁解がユニゾる。
けれど、金属製のドアは無情にも閉じた。
まるで何も見なかった事にするかのように。
「「そういうのじゃないからーーーーッ!」」
悲しい絶叫が、眩しい青空に響き渡ったとさ。