松下幸之助と『経営の技法』#299
2/10 社会を発展させる選手
~自分は社会と共に発展するのだ。そう考えると、辛いことも嬉しいことになる。~
単に自分の店を大きくしよう、自分だけ儲けようというような考え方、それだけでは私はどこかに弱さがあるように思う。目のつけどころは、より高いものに、社会とともに発展するのだ、あるいは世の中のためになるのだ、という考え方をもつことである。そして自分は社会を発展させる1人の選手である、というように私の事業観も人生観も変わっていったのである。
こう考えるようになってから後は、これまで苦労と思えたことも、少しも苦労でなくなってしまったわけである。かえって苦労と考えられたものが、働く喜びに変わってきた。同じ辛い仕事をしても、今まではただ辛い仕事でしかなかった。しかし商売だからしようがない、というわけである。しかし今度は商売だからしようがないというような考えはなくなってしまった。辛いことが、嬉しい尊いことに変わってきた。したがって難しい仕事にぶつかるたびに新しい勇気が湧き出て、事業に体当たりしていったように思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)
1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
経営者は、投資家である株主の負託に応えること、端的に言えば「儲ける」こと、がそのミッションです。このミッションだけを意識すれば、松下幸之助氏が当初感じていた「苦労」「辛い仕事」が多くなります。命令に従わざるを得ず、それを達成しなければ怒られる、ということにとらわれることで、「儲ける」ことができなければ「苦労」「辛い仕事」になるからです。
けれども、松下幸之助氏は、そこから2段階の脱皮をしました。
すなわち、「商売だからしようがない」という開き直り・悟りの段階が次の段階です。
さらに、「辛いことが、嬉しい尊いことに変わってきた。したがって難しい仕事にぶつかるたびに新しい勇気が湧き出て、事業に体当たりしていった」のが、その次の段階です。
これは、投資家である株主に対する責任以外に、社会貢献という手応えを感じるようになったことが原因のようです。
特に、日本では未だに、儲けている会社や商人を、社会的な「悪」と見る人が少なからずいます。儲けている奴にロクな奴はいない、という発想です。
ところが、松下幸之助氏は相当古い時代から、商人が儲けることは社会のため国家のためになることで、正しいことだ、という発言を積極的に行っています。このことが、松下幸之助氏を「神」という人と、「守銭奴」という人に分けてしまう原因の1つでもあります。競争によって活性化するとともに、技術やサービスなどの生活水準も上がるのですが、そのことを理解できない、想像力の貧困な人たちのために、儲からない苦労は苦痛になってしまいます。
これに対して、守銭奴と言われても、商人が儲けることの重要性を理解し、評価してくれる人がいて、実際に自分の商売によって経済が活性化したり、商品やサービスがたくさん売れて社会で評価されていることが実感したりできれば、そしてそのことを素直に受け入れることができるようになれば、社会に貢献していることの手応えも、苦痛から喜びに変わるでしょう。
社会には、一定数、会社が儲けることを「悪」と考える人が発生してしまうようですので、もちろんそのような人を減らすことも大切ですが、経営者としては、商売を通して儲けることが社会貢献である、という事実を素直に受け止め、素直に喜べるようになることも、重要なのです。
2.内部統制(下の正三角形)の問題
次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
経営者の意識が、「何でもいいから儲ける」という発想から、「儲けつつ、社会発展にも貢献する」という発想に変わると、会社組織もそれに合わせて変わる必要があります。
すなわち、従業員も「社会発展に貢献する」意識を持って活動してもらうために、人事考課や昇進昇格での動機付け、社風作りなど、社会に貢献する喜びを従業員も共有し、モチベーションにできるような組織運営が必要になるのです。
3.おわりに
投資家の顔色ばかり窺うのではなく、社会貢献などにも生きがいを見つけることは、精神バランスをとるうえでも重要です。公私のバランスにも似た発想です。
儲けられなくても社会貢献できれば、大きく落ち込まなくてすみます。儲けることも社会貢献も、両方実現できれば、喜びが大きくなります。
つまり、軸足を1本から複数本にすることによって、リスクヘッジし、振れ幅が小さくなるのです。
どう思いますか?
※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。