労働判例を読む#520
※ 司法試験考査委員(労働法)
【東京三協信用金庫事件】(東京地判R4.4.28労判1291.45)
この事案は、総務部の管理職者A(女性)に対して他の管理職者Xがパワハラを行ったとして、会社YがXに懲戒処分(降職降格、始末書提出・記録化)を与えたことに対し、Xがこれを違法と主張し、元の地位にあることの確認や給与減額分の支払等を求めた事案です。
裁判所は、Xの請求を否定しました。
1.事実認定
ここでは、システム導入の進行に関し、Aに対して内線電話で、強い口調で以下のような発言をした、と認定したうえで、これがパワハラ(Yの就業規則に定められた懲戒事由、労働政策推進法30条のと同様な規程)に該当すると評価しました。
本件発言①
「あなたさ、重要なシステムのID、パスワードをメールで送ってるけどさ、何考えてるの。メールにベタベタ貼り付けて、CCに部長とGを入れて、勝手に送ってるけど、何のつもり。自分のやってることわかってんのかよ。係長のくせにそんなことも分からないで、何勝手なことしてるんだよ。」
本件発言②
「外部から来てただでさえ周りから受け入れられていないのに、勝手なことしてさぁ。あなたが勝手なことをしてるって皆言ってるぜ。」
本件発言③
「ついでだから言うけど、この前のFへの態度「言いましたよね、言いましたよね」ってまくしたてるように言ったけど、あの態度も気に入らないんだよ。」
この3つの発言は、録音されていたものではなく、Aがメモしていたものでした。発言のニュアンスまで詳細に認定されることは、それが録音されている場合にはよくあることですが、当事者の主張が真っ向から対立している論点で、メモのような、同一性が技術的に担保されていない記録の記載が、そのまま事実として認定されることは、あまり見かけないように思われます。
これは、発言のあったその日にAが記録した、という時間的に接近していたことだけでなく、これと対立するXの証言が信用できないこと(不自然に変遷するなど)、むしろ、XのAに対する「苛立ち」とこれらの発言が矛盾しないこと、Xの発言にショックを受けたAの言動が自然であること、等が根拠とされています。
Xが真っ向から否定している会話について、否定されているAのメモの記載が、そのニュアンスまで含めてそのまま「事実」として認定されたのですから、逆に言うと、Xの言動が全く信用されなかったことになります。
2.ハラスメント
さらに注目されるのは、この3つの発言だけでXのハラスメントを認定した点です。
判決の中で裁判所は、周辺的な事情として、この3つの発言のあった翌日の会議で、XがAに対してさらに厳しい言葉を投げかけたことなども認定されていますが、ハラスメントの成否を検討する場面で、裁判所は、この3つの発言だけを根拠に該当性を認めています。
これを認めた根拠は、①については、システムのIDやパスワードに関し、全社員分を送付していないのに、送付していた、という誤解を前提にAを非難しており、前提から不適切だったこと、②については、業務と関係なく、「自らのAに対する悪感情を他の職員の相対的な意見であるかのように置き換えてAが周囲の職員から受け入れられていない旨を告げてAの人格を否定するものであり、甚だ悪質というべきである。」と、非常に辛辣に評価されていること、③も、Xのメール送信と無関係で、「Aに対する悪感情の発露としてされたものと推認せざるを得ない。」と、これも厳しく評価されていること、が指摘されています。そして、この3日後にメンタルクリニックを受診した、という事実を指摘したうえで、時間としてはわずか5分程度であっても、全体として、「一方的かつ高圧的」「強度の心理的負担」「企業全体の職場環境をも悪化」「組織を破壊しかねない行為」などの表現で①~③を評価し、ハラスメント該当性(就業規則の懲戒規定該当性)を認めています。
このように、悪質な場合には、わずか3つの発言だけでハラスメントが認定される場合もある、という点が参考になります。
3.実務上のポイント
Xの主張によれば、ハラスメントをしたのはむしろAの方であり、Xはそれを注意しただけ、ということになるでしょうが、裁判所は逆の認定をしました。
Yは、被害者Aと加害者Xの間に挟まれ、対応に苦慮していますが、関係者全員からヒアリングを行い、懲戒委員会で慎重に審議するなど、慎重なプロセスを踏んでいます。
ハラスメントの申告があった場合、中立性を確保しながら適切なプロセスと判断を行うために、どのように調査し、判断していくのか、という点からも、参考になる事案です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!