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自分という感覚
自傷行為が親に知られてから
ぼくは自然ともう切らなくなった
本当のことは告げずに
「パニック発作の時にできた傷」 と伝えたけど
実際 バレてるのか
本当に信じてるのか 分からないけど
3日に1回は裾をめくって見てくる
それがなんとも気持ち悪くて
自分が一生隠していたい傷なのに
許可もなしに見てきて
「こんな傷、もっと相談してくれたら良かったのに」
それだけをこぼして見るのを辞める
親として?
人として?
何を思って言っているのだろう
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実際 自分はまだ子供だ
未成年だしお酒もタバコも何も出来ない
年齢限らずまだまだ精神年齢は子供かもしれない
でも それでも
親は子供がいくつになっても気になるってのは
こういうことなのか?
ぼくは
将来 親になるつもりも結婚するつもりもない
一生 親のような感情は味わないのかもしれない
けど その気持ちを理解しようと頑張った所で
ぼくは理解が出来なかったし
相手の立場になって考えることも出来ない
どう頑張っても分からないまま。
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もう何ヶ月になるんだろう
ハサミじゃ切れなくなったから って
カッター買ったのに
結局 使うことも無く そのまま取ってある
バレてない今なら
そのまま捨てることも考えるし
でも 今の自分に素直になって捨てることも出来ない
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少し前の自分と比べて
パニック発作も減った
薬も減った
リスカもODも減った
自分自身が「自分」だと認識できるようになってきた
そして今 「生きてる」 って実感するようになった
ずっと自分がどこを生きているのか
なんでこんなにフワフワした感覚なのだろう とか
色々不思議な感覚で生きてる心地もしなくて
なんで生きてるんだろう って
それでネガティブのループだったのが
減ったことによって
病気になる前の自分の感覚が戻ってきた感覚。
それが 「幸せ」 って言うんだろうね
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でも ぼく自身
身体が治ることを望んだとしても
薬を飲む自分が自分だと「認識」してる
ぼくにとって「幸せ」 はもうないのかもしれないね
何が幸せなのかぼくには分からなくなった
2021.12.12