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赤く光って散る

砂浜で海を眺めて潮の音をぼーっと聞いていた。辺りが少しずつ明度を落としていって、それに伴うように彩度も落ちていく。潮の音、鳥の囀り、電車の走行音、砂を踏む音、犬の鳴き声、葉擦れ音、風の音。その中で潮の音だけが少し宙に浮いて聞こえている気がする。

「電車の音が聞こえなくなったら花火をしようよ」君は小さな声でそう言った。日は海の向こうへ沈んでいって既に見えなくなっていた。アルコールですこし赤くなった君の頬が徐々に霞んできて、それは次第にどこか遠くに行ってしまった。

線香花火を君に重ねる。君が光って弾けてそして落ちていく。君と僕が世界に切り取られて、切り取られたその時に瞬間が永遠に変わったような、そんな気がした。

「いずれ無くなるから綺麗だと錯覚できるんだ。桜も一年中咲いていたら緑の葉っぱと同じでしょ?だから私もはやく消えないといけないの。永遠なんて必要ないんだよ」

いつか君が言っていた言葉を反芻する。繰り返して再生するうちにそれは次第に意味を失っていって、一文字ずつバラバラに解けていく。その個々が解けないように、僕は必死に掻き集めようとしたが、散乱したそれらを一つも拾うことはできなかった。


遠くの方でニューアカオの文字が赤く光っている。その赤は紺色の空気の中で燦然と輝いていた。すこし浮いている潮の音が脳内を動き回る。意味を持たないその音が僕を安心させた。

すべてを放棄してどこか遠くに逃げたい。でもそのどこかが、未だ見つからないでいる。

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