湯気が冷める前に
木目風の天板の上に、薄いビニール袋に入ったプラスチック・スプーン。その下にウエットおしぼり。存在感のある黒い器。安物な円形の一人用のちゃぶ台に似合いな、お手軽なテイクアウトの器。
蓋? ああ蓋だ。湯気で、透明な蓋が曇って、白っぽい中身と鮮やかに散らされた緑色しか伺えない。
「…………何……?」
眠ってた……のか。信じられないくらいに、まぶたが重い。腕も、しびれているみたいに。
「起こしちゃった? こんなところで寝ちゃダメ……」
額に、細い手指が乗った。冷たい……。頭の熱を吸い取ろうとするみたいに、ぴったりと両手で押し付けてくる。
「気持ち……いい……」
細くて白くて肉が無くてなめらかで、とても頼りない手なのに。
握りしめる度に、この細さに、ああ俺がこいつを守らなきゃ、って、幸せさを噛み締めながらも、背中に力が入ったっけ。
今は、心の底から安心出来た。一人じゃないって。
「はいはい。冷えピタ、しようね」
ほっとしたように、かるくぽんぽんして、引き離される。
……冷えピタかよ……。
「初めてだよね。……めっちゃびっくりした……」
離れて行く声が、よく聞き取れない……けど。
ふいに熱を感じる。右のこめかみに柔らかい熱さが。
「……こんなになる前に、早く言ってよね……」
耳にささやき。
「…………ごめん……」
叱られた小さな子供みたいに、心が締め付けられた。
「心配、かけて……」
「じゃ、食べよ。何か食べないと熱下がらないよ。
薬も買って来たから。いい?」
ぱっと立ち上がると、はい身体起してソファにちゃんと座って、てきぱき腕をむんずと掴んでいいなりにさせて。意外とチカラがある……。
えっと……。頬すりすりはもっとあってもいいのに……。
ほんとうに取り残されて、気分は小学生レベルに沈んだ。
「こっち向いて?」
冷却シートを額にぺったりすると、にっこりとした。
「お粥だよ、チキンの。食べられなくても、スープだけでもねっ」
テーブルの器の蓋をぺりっと剥がし。ふんわりと香りと白い湯気が。
見比べるこっちに、袋から出したスプーンをふりふりし。
「はい。真希が、あーーんして上げるね?」
「…………」
「洋(よう)くん? お口。お口あーん?」
小学生通り越して、幼稚園? それ以前の幼児?
「あ。そっか、ふうふうしてあげるね。ふうふう。
チキンのいい匂いするよぉ? ほら? よーくん?」
……えっと……。……俺、言いなり?
ま、いっか。こんな時だけくらい。この湯気が、冷めるまでの間だけ。
今日、だけ、だと思うけど。
もしかしたら、……今日から一生、勝てなくなるかも、だけど。
「おいちいでちゅか? よーくん?」
※ このページは、一枚の画像にちいさなお話、という企画のページです。
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