継承
「おばぁちゃま……」
「? なあに。りぃーちゃん」
蓋を開けたままのジュエリー・ボックスの中を、遠慮がちに見つめているくりっとした眼差し。
「これは、なあに?」
さっきまで、私が付けていたネックレスを小さな手でおずおずと指さす。
金属のような色だけど、艶やかに、だが強い光りを抱く。大粒の黒蝶真珠。彼女の祖母も、これに気づいて感嘆していた。それを見ていたのね。
「真珠、という宝石よ」
不思議な顔をしている。五歳の子には難しい日本語だったかな。
「ジュエリー……。パールね。ブラック・パール」
「……大切なもの?」
「ええ。とっても大切なもの。私のお母さん、ママから貰ったの」
「おばぁちゃまの、ママ?」
こっくりとしてあげると、彼女は、なんとなく感じてくれたようで。
とても神妙な顔で、真珠をみつめた。
「りぃーちゃんの髪には、黒い真珠より、こっちの白い真珠のネックレスの方が似合うわね」
もう一本の白蝶真珠のネックレスをとりあげて、見せてあげた。
「とっても綺麗な、栗色の髪だから似合うわ」
薄い茶色の瞳を、また大きく見張った。白い肌に栗色の髪。目元は、向こうのおばあちゃまによく似てる。顎の感じは、娘に似て。
「……ううん。おばあちゃまの大切なものだから」
首を振った。まだちょっとよそよそしい。
仕方ない。今日会ったばかり。初めて日本に来て、初めてきた家。
それなのに。くずりもせず、わがままも言わず。
迎えるこちらの方が、本当は内心おたおたしていたわ。主人なんて、ずっと冷や汗をかいていて。
「りぃー? あ、ここに居たの」
「ママ」
「エマおばあちゃまたちは、パパとホテルでお泊りだからね。りぃーちゃんは、ママと、日本のおじいちゃまとおばあちゃまと、こっちの家に泊まりまーす」
脇の下をこちょこちょされて、笑い転げてる。ママ、私の娘も、五歳の娘の緊張感に気づいていたみたい。
「懐かしいネックレスね。お母さんが、それを付けるのは、とっても特別な時だけだもの」
「当然でしょ? 今日は、すっごく大切な特別な日だもの」
うんうんと返してくる。嬉しそうに。すっごく嬉しそうに。
「ずっと会いたくてたまらなかった初孫と、あなたのダーリンのご両親にやっと会えた日だもの。精一杯のお迎えをしなきゃね」
黒い真珠。母から受けた、母もその母から受けた、月日が込められた大切な宝石。
みんなで、この日を迎えたかったの。
髪の色、目の色が、黒くはないけど、一度は反対したけど。
もう遠い日のこと。
「りぃーちゃんは、肌がとっても白くて綺麗だから、黒真珠も、とっても似合うわ。きっと」
ふっくらとした頬が、にっこりと微笑んでくれた。
「やだ。次は私よぉ」
女三人で、くすくすと笑い合った。
※ このお話は、ひとつの画像でひとつの小さなお話、というコンセプトで作成しました。