今年の夏に出会った彼女のこと
今年の夏、我が家のベランダにはオンブバッタがいました。どっしりとしていたのでメスだと思うのは雑に過ぎるでしょうか。初めて会ったときの彼女はマーガレットの葉とよく似たみどり色でした。
茎が枝のようになっている2年もののマーガレットと、その隣にあるラベンダーが彼女のごはん兼住まいとなりました。それは自信を持っておすすめできる物件ではありませんでした。
どちらもこの夏の暑さにやられてしまっているばかりか、葉の表面にはこまかな黒い点々がこびりついていました。それらはハダニや微細な虫であるならまだしも、排気ガスからでるすすであったり、削れたアスファルトのようであり、植物にとっては息苦しく彼女にとっては体に悪いように思えました。水をかけてこすりおとしてもまたすぐに黒くなってしまい、なんとも申し訳ないのでした。
彼女がやってきてすぐに、小さな彼がそばにいることに気が付きました。小さいから勝手にオスとして彼と呼んでいますが、まだおとなでもないようでした。
彼女の住まいから少しはなれたところにある紫蘇の鉢をごはん兼ごはん、いや住まいとしているようでしたが、ものすごい勢いで食べるので、みるみるうちに茎だけになってしまいました。
ほどなくして、鉢の隅に、こどもだった頃の彼が脱ぎ捨てられていました。
一度だけ、真新しい大葉色の彼が彼女の背中に乗っているところを見かけたことがありました。
彼を乗せた彼女はラベンダーの上をウロウロすると、そのがっしりとした後ろ脚で二度、三度と背中にいる彼に触れました。人の言葉で表すならば、脇腹に二度、三度と強めに蹴りを入れた、といったところでしょうか。
すると彼はおとなしく彼女の背中から降りてしまいました。
それ以後、オンブ姿を目にすることはありませんでした。
わたしが見ていないところでは背中に乗っていたのでしょうか。
彼女から少し離れた葉の影に、潜んでいる彼しかみたことがないのですが。
ある時、紫蘇に水やりをしていたら、彼が鉢から飛び出してしまいました。戻そうとして手を差し出したからでしょう。ベランダの外へ跳ねて行ってしまいました。なんて余計なことをしたんだろう。
けれど彼にとってさらには彼女にとってなにがいいのかはわかりません。
私が虫であったなら、ふたりの機微がわかったのでしょうか。
彼女の体の色は、日を追うごとに緑色から薄い茶色に変わっていきました。
食べたもので変わるのか周りの環境でかわるのか。そのどちらでもあるのでしょうか。住まい兼ごはんなので。
たまにどこを探してもいないことがありました。
ベランダの外に生い茂る草を食べに行っていればいいと思いました。
もしかしたら彼に会うこともあるかもしれないし、ないかもしれません。また別の出会いがあるかもしれないけれど、そこで彼女がいのちをおとすこともあるかもしれません。そんなことに思いを巡らせながらマーガレットの鉢をのぞくと、彼女が葉をかじっていたりするのでした。
ある日、唐突にぱったりと彼女の姿を見つけられなくなりました。
蒸し暑さがいつまでも残っているとはいえ次の季節が待機しているこの頃です。鉢の裏や土の上、窓のサンなどにまで彼女の姿を探しましたが、どのような姿の彼女ももうどこにも見つけることはできませんでした。
冷たく乾いた風が吹くようになりました。ベランダのマーガレットが、今なのか?とばかりに新しい葉を伸ばしはじめこんもりとした森のようになりました。
湿気がないからでしょうか。
それぞれの葉には黒い点々もほとんどついていません。
なかなかのおすすめのごはん兼住まいだと思います。