見出し画像

「あなたのチームのGKは本当に優秀ですか?」 期待値からみる20/21プレミア前半戦のGK達

 ゴールキーパーはサッカーにおいて一番過酷なポジションかもしれない。どれだけファインセーブを連発しても、一度ミスを犯せばそれまでのファインセーブのことは一切忘れられ、試合後はそのミスだけが集中的に取り上げられることになる。プレミアでは辛口気取りのSky sportsの解説者から厳しい批判が飛んでくるであろう。

 またチームに新しくやってきたキーパーは前任者が素晴らしいキーパーであればあるほど常に比較され続け、それはどれだけ好セーブを連発しても「まだまだ物足りない」と言われてしまうかもしれない。

 だがそもそもキーパーのセービング面を評価する際には一体何を持って評価するべきなのだろうか。一般的に知られているのはセーブ率という指標だ。サッカー中継でもよくアナウンサーが「〇〇はセーブ率○○%でリーグ〇位」などと耳にする機会も多いはずである。

確かにセーブ率という指標は誰もが馴染みのある指標であり、高いセーブ率を記録しているキーパーはトップクラスのキーパーであることもある。セーブ率が70%を超えているとなんとなく「凄い」と感じる人も多いのではないだろうか。

 しかしセーブ率では止めたシュートの難易度は一切考慮されていないという事実がある。例えばボックス内正面でキーパーと1対1の状態で放つシュートとボックス手前から放ったシュートが相手に当たって勢いが弱まりキーパー正面に転がったシュートがあったとしよう。これで言えばセーブする難易度では明らかに前者の方が止めるのが難しい。だがセーブ率においてはどちらのシュートを止めたとしてもカウントされる数字は変わらないのである。セーブ率という指標を使う際には実はこのような欠点が存在する。

 これでは確実にキーパーのセービング面を評価しきれてるとは言えないのではないだろうか。しかしだとするならどのような指標を用いて評価すべきなのかという話になる。

 そこで今回はPost-Shot Expected Goals(以下PSxG略)という期待値の指標を使い、20/21シーズン前半戦におけるプレミアゴールキーパー達の働きぶりをセーブ率とは異なった形で見ていくことにする。だがそもそもPSxGとはどういうものなのか?と感じる人が多いだろう。まずはPSxGという指標について簡単に説明する。

Post-Shot Expected Goals(PSxG)とは?

 PSxGを端的に説明するとキーパーが浴びたオウンゴールを除いた枠内シュートについてシュートの位置、方向、スピードを基にキーパーの失点数を予測するものである。そしてPSxGにおいて出た数字を実際の失点数(ここでもオウンゴールによる失点は除く)と比べれば、どれだけ予想(平均的なキーパー)よりも多くの失点を防いでいるのか又は失点を防げていないのかということが可視化出来る。(実際にはこれをPost-shot Expected Goals+/-と言う。)

 これだけの説明では分かりづらい部分もあるかもしれないので具体例を挙げよう。例えばリーグ全体でセーブ率が65%のキーパーAとキーパーBの2人いたとする。そこでPSxGを見てみるとAとBは双方ともに10.0であった。これは期待値で言えば少なくとも10点分は失点してもおかしくない枠内シュートを浴びでいるということになる。

 そこで実際の失点数を見るとAの失点数は8失点のみであるのに対し、Bは12失点を喫している。つまりAは予想よりも2点分多く失点を防ぎ、Bは2点分多くゴールを許していることになる。そしてここでのAの数値は+2.0となり逆にBは-2.0となる。このような場合は同じ65%のセーブ率でも数字は異なるということである。

 ここで鋭い人は「Expected Goal Against(失点期待値)でキーパーの評価を図ることは出来ないのか?」と考える人もいるかもしれない。この指標もいわゆる期待値の指標であり、確かにチームが相手に作られたチャンスをベースとして失点数を予測するものなのでキーパーの能力を評価するには向いているかもしれない。

 しかし失点期待値では枠外シュートも対象として計算されている。枠から大きく外れるシュートをいくら浴びてもキーパーは見送ることの方が多いのだから、これではキーパーのセービングを評価することは出来ない。一方PSxGは対象を枠内シュートに限定しているため、こちらの方がキーパーのセービングを評価する指標として優れていると言える。

 実際のスタッツ

 前置きが長くなったが、ここから本題に入りキーパーの働きぶりを失点数とPSxGを比較してみていくことにする。なお今回対象としているのはリーグ戦5試合以上に出場したキーパー。なのでリバプールのケレハーとアドリアン、エバートンのオルセン、チェルシーのケパなどは上記の条件を満たしていないため対象外である。

 またチーム名は基本的にプレミアの実況中継で使われている略称に基づいて表記している。(例えばSOUはサウサンプトン、BHAはブライトン) 

 以上を踏まえて表に示すとこのようになる。

 リーグ1位となったのは夏にアーセナルから移籍したヴィラのエミ・マルティネス。マルティネス1人で平均的なキーパーより約5.8点分の失点を防いでる計算である。

 昨シーズンはリーグワースト2位の67失点(降格した18位ボーンマスよりも多い)を喫し、トム・ヒートン、ぺぺ・レイナ、エルヤン・ニーランの3人がキーパーを務めた。しかしこの3人のトータルで-6.2と大きなマイナスを献上していた。今シーズンのマルティネスの加入は実質的に10点以上の失点を減らしていることになる。

 今シーズンはマルティネスだけでなく、右SBにも新戦力としてマティ―・キャッシュを加え、CBエズリ・コンサの成長も著しくレギュラーとして定着。タイロン・ミングスと共に不動のCBコンビを結成している。

 昨シーズンはミスからの失点がかなり多かったヴィラだが、今シーズンはそのようなシーンが激減しているのはマルティネスの貢献とミングスがリーダシップを発揮して最終ラインを統率しているのも大きいだろう。

 また失点数の改善も顕著であるがシュートの被本数も減少し、プレスの指標も昨シーズンと比べて向上。今シーズンの飛躍は攻撃面も含めて当然の帰結と言えるかもしれない。

 そして2位はバーンリーのニック・ポープ。こちらもかなりの好成績で約5.6点分の失点を防いでいる。開幕当初はチームにCBの怪我人が相次いだこともありチームは開幕7試合未勝利と苦しい序盤戦だったが、キャプテンのベン・ミー復帰以降はチームは上り調子。ベン・ミー復帰以降の12試合で5勝3分と18試合消化で得た勝ち点19のうち18をミー復帰後に稼いでいる。

 ポープ自身もミー復帰後にクリーンシートを6試合で記録するなど夏のEUROに向けてイングランド代表でのレギュラー確保へ順調なシーズンを送れているだろう。

 その一方でイングランド代表で現状正GKを務めるエバートンのジョーダン・ピックフォード-2.6とむしろ予想よりも2.6点分多く失点をしている。開幕当初は-3点代で推移していたため若干の改善は見られるが、褒められた数字とは言えない。

 ミスも多いため代表で正守護神として起用することに現地では疑問の声が頻繁に上がる。しかし代表ではクラブとは別人かのようにミスは一切せず、代表キャリア30試合で13試合のクリンシートを記録と安定感を見せているのも事実。ピックフォードがレギュラーを掴んでいる要因として代表での出来は悪くないという部分は大いにありそうだ。

 足元の技術では明らかにピックフォードの方が上でポープがレギュラーを取る為には足元の向上が必要不可欠であろう。

 一方BIG6のクラブではトッテナムのウーゴ・ロリスの活躍が光る。言わずと知れたW杯優勝キーパーだが過去には(特にビックマッチで)失点に直結するミスをすることもしばしばあった。そのためロリスが"優れたキーパー"と言われると疑問を持つ人もいるかもしれない。しかし彼のセービング能力は非常に高い。

 今シーズンも安定しているロリスだが、18/19シーズンからここまでの累計PSxGは+22.4。これはBIG6のキーパーの中で断トツトップの数字である。(18/19+11.3 19/20 +7.3) 2位のレノが+12.7なのでロリスのセービング面における能力は極めて突出していると言える。

 その一方でレンヌから新加入となったチェルシーのメンディーは0.0とセービング面でプラスを出しているわけでもないが、マイナスを出しているわけでもないというまさに平均的なキーパーの数値に収まっている。

 しかし昨シーズンの正守護神であったケパはPSxGで-9.5とリーグワーストの数字であり、メンディーの補強によって"9.5点分の失点を減らしている"という見方も出来る。ただ開幕当初よりパフォーマンスが下降気味なのは否定できず、直近8試合のリーグ戦で2勝と苦しむチームの浮上にはメンディーの復調も必要である。

 最後はブライトンのキーパー事情とアーセナルにローン移籍したライアンについて触れる。

 シーズン途中で守護神の交代が起きたブライトンではマット・ライアンの不調により13節のフラム戦からロベルト・サンチェスが正守護神と務めている。その中でサンチェスはここまで上出来の働きをしており、ライアンからサンチェスにファーストチョイスを変えたことで単純計算で4.6点分の失点を防いでいることになる。この変更が残留争いをしているチームにとってプラスに働いていることは間違いない。

 ライアンよりも足元の技術に長け、どちらの足でも精度の高いロングパスを出せるサンチェスの方がグレアム・ポッターが志向するサッカーにはより適しているのではないだろうか。

 一方アーセナル移籍が突如として決まったライアン。今シーズンのスタッツだけを言えばレノに万が一のことがあった時には不安があるのは否めない。マルティネスというセカンドキーパーを経験したグーナーにとっては尚更不十分に感じるかもしれない。

 また13節のフラム戦でスタメン落ちしてからはキーパーの序列としては2番手どころか3番手となり、アーセナルに移籍するまでの間は1試合もベンチ入りすることさえなかったのは興味深い。さらにポッター監督はオファーがあればライアンの放出を容認するほど序列は下がっていた。

しかしブライトンの昇格後3シーズンは不動のレギュラーであった事実は変わらず実績は十分。イングランドに来てからは初の挫折と言えるシーズンかもしれないが、気分を一転して新天地での活躍を祈るばかりだ。

 おわりに

 ここまで新たな指標を用いてGKの働きぶりを見てきたがいかがだったろうか?もしかすると自分の贔屓チームのキーパーは思っていたよりもシュートを止められていなかったという感想を持った人もいるかもしれない。

 基本的にPSxGという指標は失点をせず、セーブを積み重ねて行けば足し算方式で数字は上がっていくのでシーズン終了時には+10を越えるキーパーも出てくる可能性もある。

 しかし例外が2つあり、1試合に4失点や5失点などの大量失点をした場合と10回やって1回入るかどうか怪しいようなスーパーゴールが決まってしまった場合(ボックス外からのミドルシュートはその典型例)には数字が大きく下降する傾向にある。

 例えばマンチェスター・ユナイテッドVSリーズの一戦でリーズは6失点を喫したが、この1試合だけでリーズのイラン・メリエは-1.4も数字を下げてしまった。

 またクリスタル・パレスVSリバプールとの一戦でリバプールが7ゴールの快勝を収めたことが記憶に新しい。しかしこの試合だけでパレスのヴィセンテ・グアイタは-2.7も数字を下げ、19節のマンチェスター・シティ戦でも4失点を喫して-1.3ものマイナスを献上した。

 このようにPSxGは良くも悪くも1試合での数値のブレ幅が大きい時がある。その為シーズン終了後には上記で示した数字とは全く異なる数字になっている可能性もある。つまり今はマイナスの数字のキーパーもシーズン終了後はプラスに転じているかもしれないのである。

 おわりになるがプレミアのシーズン後半戦はこのような指標を使ってキーパーの活躍を見てみるのも1つ面白いかもしれない。

参考文献




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?