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冷たいスープ。

窓から見える、イズミルの朝の風景を眺めて「なんだか遠くに来てしまったものだ」と思った。

学会に参加するため、日本からトルコまで数十時間。時差ボケなのか、ぼーっとする頭で朝ごはんを約束した同僚と、朝食会場へと向かう。

朝食会場のテーブルに着くと二十歳をすぎたくらいに見える男性のウエイターが熱いチャイを運んで来てくれた。唯一知っているトルコ語のありがとう、を告げると、サーブでぐったりしていた彼も少し笑顔を見せてくれた。

周りから聞こえてくる会話に、聞き慣れた言葉はない。以前、イスタンブールを訪れた際に海外にいる感覚がしなかったのはホストとして迎えてくれた、トルコの教授があまりにも流暢な日本語でずっと世話をしてくれたおかげかもしれない。

ガラスの薄いチャイグラスをそっと持ち上げながら、窓の外を眺めると灰色の大通りと水色の空。建設中の建物の無機質さと、椰子の木の陽気さがなんだがちぐはぐで、急に東京は今何時だろうと思った。

カチャカチャと、食器の音をたてながら先ほどのウエイターがたくさんのお皿を抱えて戻って来る。チキンとパプリカのトマト煮込み、羊のキョテフ、ふかふかのトルコパン、シガーボレロ、と夕食並みのメニューが次々にテーブルを埋める。一通りテーブルに並んだ料理を前に、運んで来た彼もちょっと得意げである。

もともとチャイだけで席を立とうとしていた手前、いらないという雰囲気では無い。一緒にきた同僚が嬉しそうにスミット(ごまパン)をちぎりはじめた。あきらめて、一番近くにあった白いスープに手を伸ばす。

口に運んで冷たい感覚がした後、一瞬、何の味かわからず続けてもう一口。水っぽい液体を飲み込むと、遠くの方で酸っぱさ、青野菜独特の風味を感じる。

「ヨーグルトのスープは初めてですか?」と日本語で聞かれて我に返る。斜め向かいに座っていた髪の黒い、ふくよかな中東系の男性がいたずらそうな顔で、こちらをみていた。

そうか、ヨーグルトか。と思った。
「えぇ。これ、もしかしてヨーグルトときゅうりですか?」そう聞くと男性は眼鏡の奥のグレーの目を細め、にっこり笑いながら頷いた。トルコ人は何にでもヨーグルトを使うからね。これからの暑い時期にはぴったりだろう?と嬉しそうに話す姿を見て、あぁこういう、自分の文化を誇らしげに話すところが好きだなぁ、と思いながら、もう一度ヨーグルトスープをすくった。

あぁ、遠くにきてしまったものだと思った。

あれから5年経つ。

朝ごはん担当の夫が入れてくれるコーヒーは香ばしいし、トーストは時々焦げているのが愛おしい。買ってくるヨーグルトは甘くて、いつだって安堵を覚える。

ただ、今みたいに夏の気配を感じる季節になると、サラサラの、白くて冷たいヨーグルトスープと、グレーの瞳を思い出す。トルコからの帰国後、写真整理はしたものの、あまりの衝撃で撮り忘れたのか、あのヨーグルトの冷製スープの写真はないのだ。

遠いイズミルで見つけた、夏の朝の食卓を、いつか彼にも見せてあげたいと思う。



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