タカネビランジ、花の変化
最近、noteの影響で植物の話題に接することが多くなり、思い出した話をさせていただきます。
もうそろそろ30年程前の話なのですが、
ネット検索してみると、その後、全然話が変わっていないようなのです。
しからばと、古い話ではありますが、
一つの記事にさせていただいた次第です。
お断り:文中に挿入した写真は当時のものです。デジタル化する機材を所持していないため、探してみましたがネガも現在行方不明で、当時プリントしたものをデジカメで複写した形になります。かなりひどい画質かと思いますが、無いよりはとご了承願います。ネガが発見でき次第差し替えるつもりではありますが…。
「タカネビランジ」という花をご存じでしょうか。
主に、南アルプス周辺の高山帯に生えるナデシコ科の植物です。
近年には白山でも発見されたとか。
詳しくない方に写真を見せると、「サクラソウの仲間?」、という返事が返って来るぐらい、色、形ともに可愛らしい花です。
以下は、それについての思い出話ということになります。
平成4(1992)年9月13日。
遅い夏休みを貰って、9月の鳳凰山方面に出かけました。
夜行で夜中に甲府に着き、そのまま夜行バスで広河原まで…。
早朝に着いた広河原(4:45)では、ほとんどの登山者が西の北岳方面へ行くのを尻目に、東の白鳳峠への登り道へ(5:27)。
サイコロのような大きな岩が転がっている結構急な道を、一人黙々と2時間30分。
2時間程して夜叉神峠からの人と話す、初めての反対方向からの人。
白鳳峠からは快適な尾根道、出発地点の広河原が直下に見えます。
高嶺のピークに着いて記念撮影。後ろの冨士山が低い。
雲は多いけれど、周りの山々はきれいです。左奥に地蔵ヶ岳。
高嶺から先、鳳凰山方面へは花崗岩から生じたマサが敷き詰められた軽快な歩きやすい道。今はどうなっているのかな?
その道沿いに、この花はたくさん咲いていました。
9月なので、目立つものといえば、このタカネビランジとウラシマツツジぐらい。
ウラシマツツジのウラシマは浦島太郎の浦島ではなく、葉の裏に縞がある、という意味の裏縞だそうだけれど、なかなか思いつきませんよね。ツツジを漢字で書くと躑躅となるのですが、足+鄭、足+蜀、と足+古代中国の国名となっていて、鄭と蜀の国へ行くと足元にいっぱい咲いていたのかな、と想像してしまいます。
由来をご存じの方がいらっしゃいましたらお知らせ願いします。
さて、この小さな花たちを写真に写すため、ザックを背負ったまま腹ばいになっていました。
そんなこんなで、
トコトコ歩いているうちに気がついたのはタカネビランジの花弁の形が2種類あること。
同じというには花の様子がずいぶん違う。色はまったく同じ。
場所によっては個体数の半々。
中間型があれば同一のものの変異、ということで納得できるのですが、
この辺にはこの2形しかありません。どういう関係になるのかな?
赤抜沢ノ頭あたりから、雨がだんだん強くなる。
地蔵岳の下を通って、鳳凰小屋へ、一人なので無理はしない。
鳳凰小屋への下り始めの賽の河原は砂走状態で、砂が舞い上がってカメラがジャリジャリ。こわれるかと思った。
その日は鳳凰小屋に泊り、
次の日には御座石鉱泉に下ってお風呂に入り、
穴山駅まで送ってもらって帰りました。
遠い日の想い出です。
さて帰ってから、この写真に撮ったタカネビランジを調べてみると、どうも図鑑に載っている形と異なるのです。
高山植物の写真図鑑を図書館で、いろいろ探してみましたが、
白籏史朗「カラー高山植物」(東京新聞出版局1982)
に「オオバナタカネビランジ」として載っているものが、それらしい、
唯一花弁の外側に鋸歯が出ています。
他に「オオタカネビランジ」という名称もあがっているが写真はない。
どうなんだろう、という感じでした。
以下、私の所持している図鑑(数字は初版年)では、
冨成忠夫 野草ハンドブック「夏の花」(山と溪谷社1974)
の写真は場所は北岳で、かなり色の白い花弁の幅の広いもの。
フィールド版 日本の野生植物 草本(平凡社1985)
での場所は鳳凰山で色は淡いピンクで花弁の幅は狭い方。
山溪カラー名鑑「日本の高山植物」1988
には、北岳のシロバナと鳳凰山のものが紹介され、北岳産は「夏の花」、鳳凰山産は「日本の野生植物」と同様の特徴です。
「また赤石岳には花の色が淡く、花弁が深く切れ込み、裂片に細かい鋸歯のあるあるものがある。」という記述がありました。
山溪ハンディ図鑑「高山に咲く花」2002
は、「日本の高山植物」と同様に、北岳のシロバナと鳳凰山のものが紹介され、それぞれの特徴は同様です。
なぜか私の見た、色がピンクで花弁が広く鋸歯がある、というタイプが掲載されていなかったのです。それに花弁の狭いものも、広くて鋸歯のあるものも、見たものは色はピンクばかりで、色のそれほど薄いものは見かけませんでした。
その後ときどき思い出しては気にしていたのですが、
4年程して意を決して、質問を郵送してみることにしました。
当時、Y社にフラワークラブというものがあったので、
そちらへ質問を送ったところ、
国立科学博物館のK先生から直接、回答をいただきました。
「様々な中間的な形状の花弁が存在していて、
有意な差としては認められない。」とのことでした。
先生の見解は分けることには否定的な立場だそうですが、
もし遺伝的な固定が確認されれば「ホシザキタカネビランジ」という名前を付けることも可能だろう、とのことでした。
「カラー高山植物」の「オオバナタカネビランジ」は正式名称ではなく、愛好者の間での名称だろうとのことです。
久しぶりに当時のもの目を通してみて、「学者の先生は素晴らしい」と恐れ入るばかりです。
素人考えとしては、難しいことではなく、
「タカネビランジ」の花にはいくつか形があって、
分類上は同一に扱われていて、こんな形があります、
程度の記述と図示があれば、悩まなくとも済んだのにということです。
いかがでしょうか?
出版時期の新しい図鑑の写真では、
「花弁の幅の狭い、花弁同士の間隔の空いたもの」が紹介されていて、
「花弁の幅がやや広く花弁同士の隙間がないもの」は、なぜかシロバナタカネビランジとして紹介されているものばかり。
できれば新しく出版される図鑑では、
「花弁の幅が広く外側に鋸歯あり(ホシザキ型)」(私の写真のもの)
の3態を表示していただけるとありがたいです。
現在は、種子が採取されて平地でも栽培されているようなのですが、
特に別の名称を用意するということはないようなので、
やはり遺伝的に固定されていない変異なのでしょう。
実は、最初にH社にも質問を送っていたのですが、
当然お忙しいことでしょうから回答はいただけませんでした。
こちらには以前「フィールド版木本」が出た時に、
「フィールド版草本」の有難さなど、
いろいろと書き綴ったものをお送りして、お返事をいただいていました。
さすがに「フィールド版シダ」は採算が取れないということでした。
その後、K先生がH社で新版に関わり、やはりどこかでつながっているんだなあ、と実感しました。
最近は便利な世の中になったものです。
ネットに、いろいろ情報が掲げられています。
中間型ともいえるものは、野呂川対岸の白峰山系や荒川山系に存在するようで、こちらは色も白く「シロバナタカネビランジ」と呼ばれるものも多いようです。この形の白くないものが「オオタカネビランジ」ということなのだと思います。花弁も広く、ベタッとした印象です。
この中間型があるということで、前二者のつながりも納得できました。
ネットに掲がっている画像は、岩場で近寄れない場合が多いらしく、拡大された鮮明な写真はあまりありませんでした。私が行った時には足元にワンサカ咲いていたのに…。
それぞれのタイプの分布などが詳しく分かれば、分化の途中なのか、何かもう少し関係性が見て取れるようになると思いますが、登山者も増えて知見も増えているのでしょうか。
それにしても、これらが現在では山野草として売られていることには驚きです。地元振興の為ということもあると思いますが、トレーサビリティはしっかりしてもらいたいと思います。
https://kurashi-no.jp/I0030635
上記に掲載されている花は多形なのですが、産地系統がまったく表示されていません。
ちょっとどこかへ出かけると、すぐ何か気になってしまい、遠出ができません。未だに、海外経験なし。北海道も。
近場をウロウロするだけの人生も、楽しみを見つければ悪くないようです。
年寄りの想い出話にお付き合いいただき、ありがとうございました。