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2023年4月23日

きのうはサンジョルディの日という、花と本を贈り合うスペイン・カタルーニャ地方の祝祭日で、花と本を贈り合うこの日に、花の本をつくろう、と八年前のきのう創刊されたものが微花でした。

そうして、創刊してからは年毎に、この日かぎりの花と本のお店を、軒先などの場を借りてひらくことを続けてきたのですが、ここ数年は世情もあってひかえており、そのようにして数年も行き過ぎると、平日となんら変わらないような気がしてなかばは忘れていたところに、もとは微花の読者として知り合った方々が今年は各地でサンジョルディの日にまつわる企画をひらくということを耳にして、大がかりなことはせずとも、ひそかにサンジョルディを楽しんでみるのもいいかもしれない、と所用のあった熊本へ、微花を五冊包んで出かけた日の日記。

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2023年4月23日

四年ぶりに訪れた橙書店のカウンターには、さっちゃんという常連らしき御婦人がいて、昼間から瓶ビールを——車で来られたとのことで、仕方なくノンアルにしたそうだが——グラスに傾けながら、店主の久子さんと楽しそうに話をされていた。ところへ、また別の常連らしいひとが綺麗な紫いろの花をビールの空き缶にいけて持って来て、仕事のお礼に庭に咲いていたのを貰ってきたからここに飾って、と久子さんに手渡して、僕の隣に座り、さっちゃんと同じノンアルを注文した。

見るとそれは、今にもひらきそうな大輪のテッセンだった。いくらなんでもこれにいれて持ってくる?と久子さんが店にあった翡翠いろの陶の花瓶にいけなおすのを皆で見つめながら、仕事って、庭の仕事ですか?と尋ねると、そうそう、庭仕事が趣味で、と彼は言った。

「趣味、ですか?」
「他にも大工とか、色々やってて。まぁ、生きてることが趣味かな」
「何を言ってんのよ、あんたはまだカッカッとしてるから、趣味とは言えないわ。八十手前のわたしが言うならまだしも、ねぇ」
「実は僕も庭師をしていて」
「そう、この人はプロよ」
「へぇ、そうなんですか。嬉しい。以前に保育園で働いていたときに、園庭に果樹とかハーブとかを植えて庭をつくったことがあって、それから少しずつハマっていって。写真まだあったかな」
「この人はね、シンママを応援する企画もやっててね」
「シンママ?」
「シンママ、シングルマザー」
「あ、なるほど」
「それで定期的に絵本とかを箱に詰めて届けるということをやっているんだけど、一度橙書店でも一緒に選書をしたことがあって、そこに微花を選んだことがあったのよ。結構好評だったみたいで。でね、この人がその、作者」
「はい」
「そうなんですか!あれは本当に、好評だったんですよ。子ども向けの絵本には普段から触れていても、自分のために本を選ぶ余裕がないひとも結構いて、そんなシンママ達が微花を見て、これこれ、こういうのが欲しかったのよ。いやぁ、心がやすらぐわ〜って。その節はお世話になりました」
「いやいや、こちらこそ、ありがとうございます。元々あれは、絵本のつくりを参考にしてつくったので」
「子どもというよりは、ママ達に人気で」
「そういう風にして、いずれ子どもにも届くといいなと思っていたので。本当に嬉しいです。届いてたんですね」

「久子ちゃん、そちらの若者に珈琲を」
「え、ほんまですか。すいません、頂きます。あ、美味しい」
「わたしの庭も見てよ、倉敷にあるの、苔の庭ね」

と、そこから庭の話に花が咲いてひとしきりしたあとに、さっちゃんの帰ろうとする仕草が見えたので——

「これ、お礼じゃないんですけど、さっき言ってた本、よかったら貰ってください。きょうはサンジョルディの日という、花と本を贈り合う祝祭日で、この日にちなんでつくったものなので、きょう偶然出会ったひとに渡そうと思って持って来てたんです」
「わぁ、こんなに綺麗なもの、本当にいいの?——なんて、もう手を出しちゃってる」
「珈琲のわらしべ長者ね」
「それ、わたしが言いかけたわよ。けどわたしが言ったら品がないから飲み込んだのに、久子ちゃんが言ってくれたわ」

それからいくつか本を買って、また来ます、と橙書店をあとにしてから、お茶の教室を予約していた泰勝寺へ伺うと、偶然その会に居合わせたご婦人の、着物の帯にも紫のテッセンが咲いていた。花に呼ばれたな、とそのとき思った。どうりで、事がうまく運ぶ筈だった。

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