FCスカヴァティ 赤から紫へ:極楽フットボール
スポーツ関係の映画・ドキュメンタリーを紹介するnote。今回は、ヨコハマ・フットボール映画祭2024で上映されたドキュメンタリ映画『FCスカヴァティ 赤から紫へ』を取り上げることとしたい。
地域のアイデンティティを取り戻したサポーターの物語
本作の舞台は韓国・安養市。この街を本拠地としていた安養LGチーターズは、崔龍洙(後に千葉・京都・磐田で活躍)を擁してKリーグ優勝を果たす強豪チームであったが、日韓W杯で利用したスタジアムがあるソウルに本拠地を移転していまう(現在のFCソウル)。
クラブを失った地元のサポーターたちは抗議運動を経て市民チーム・FC安養の創設に尽力。スタジアムに戻ってきた新チームの応援を通じて、彼らは自らのアイデンティティを取り戻していく。
ドキュメンタリーだから作れるサポーターの物語
本作は、監督が生まれ育った安養の街の物語であり、その街とサッカーを愛するサポーターたちの物語である。劇映画で作ることの出来ない彼らの生の言葉・情熱に胸が熱くなり、同じように地元のクラブを応援する立場である自分にはグッとくるものであった。
彼らにとってクラブは、地域における自分の居場所であり、自身の感情を熱くしてくれる存在だった。そうした存在が突然奪われたことの喪失感は、図りしえないものだろう。だからこそ、大切なものを取り戻した彼らは応援できる喜びを「スカヴァティ」(極楽)という言葉に込めて歌う。今そこにあるサッカー、選手たちのファイトを労う姿勢には胸を打つものがあった。
1クラブを通じて掘り下げる韓国プロサッカーの歴史
また、世界のサッカーについて見識を高める立場として安養のサッカー史を振り返る過程で取り上げていた、1980年代以降の韓国プロサッカーの歴史は興味深いものであった。
1985年のメキシコW杯アジア最終予選で日本の前に立ちはだかった「アジアの虎」韓国代表チーム。当時の韓国では既にプロ化が進んでおり、この両国の環境差と結果がJリーグ創設に繋がったというのが日本サッカー史観であるが、本作では韓国側の事情を伝えている。
1980年代に政権を握った全斗煥政権は、民主化運動から国民の関心を背ける観点からに「3S(Sport、Sex、Screen) 政策」と呼ばれる開放的な大衆文化政策(※)を取られており、現在のKリーグに繋がるスーパーリーグが1983年に創設されている(ちなみに全斗煥氏はGKだったらしい)
ただし、プロリーグではあるが所謂集中開催方式かつチーム名を冠する企業チームの様相を呈していたそうで所謂ホームタウン・サポーター文化とは程遠いかたちでスタートしていたそうだ。その後、ホームタウン制度の導入、インターネット普及に伴うコミュニティ形成と応援方法の模索、そして日韓W杯開催を通じてサッカーが国民的関心事に繋がった。
こうしてみると先輩ながら日本に似た経緯で文化を形成してきた韓国プロサッカーであるが、副産物として地域とともに歩んできたクラブを首都に移転するという大きな過ちを起こすことになる。
本作に登場する安養サポをはじめとしたKリーグの各クラブのサポーターのメンタリティは結構近いと感じたのは、このように似通った歴史をたどった部分も少なからずあると思う。だから刺さる作品だった。
ただし、韓国サポーターの発煙筒にかける情熱が凄すぎる。そのせいか、監督登壇時に質問が複数及んでいた(Kリーグも普通に禁止らしい)
※:木村幹『第5共和国の対民主化運動戦略 : 全斗煥政権は何故敗れたか』(アクセス日:2024年10月14日)