銀の空のリリフィ

 空が銀色に染まったあの日から空戦は変わり果てた。
 今、無数の戦闘機が飛び交い戦闘機動をとっている。
 一際目立つのは敵に食いついている赤い1機。
 その背後を敵2機がとった。囮が釣り上げ僚機に撃たせる基本戦術だ。
《アーボン、ロックオン》
 そして
《アーボン、Fox2!》
 攻撃はミサイルではなく高速砲だ。しかし誘導能力が無くとも照準固定されて発射される秒速数キロの弾丸を躱すことは非現実的である。
 だが
「消えて!?」
 赤い翼は加速していた。被照準から発射までの一瞬で囮より更に先へ。
 赤が機動する。それは三機の下方へ潜り込むループだ。進行方向は反転して機首は敵と真逆に向いている。この状態から再び敵部隊の背後を取ることは容易ではない。ましてやミサイルが使えなくなっているのであれば攻撃など不可能だ。
 空が青色であったならば。
「ここは、銀の空だ」
 赤い機体のパイロットが呟く。
 なんということか。機首を真上に跳ね上げ、速度はそのまま直角に進路が変わる。
 自動照準は待たない。
LLFリリフィ、Fox2》
 攻撃役の敵2機が撃ち抜かれ撃墜された。編隊を崩され囮が離脱する。
 だが赤はループからずっと加速し続けているのだ。
 食らいついた。
 敵は射線を避けるため複雑に機動する。それは赤い機体と同じく空力や慣性を破る動き、曲がり折れ速度は変わらぬ機動。敵もこの銀の空を今まで戦ってきたのだから自分と同等かそれ以上に飛べて当然だ。
 赤い機体が狙う。だがトリガを引こうとすれば
「避けられるか」
 手練だ。追われ狙われながらも焦らず、大きな機動変更による隙を作らない。機動を凝らしながら常に離脱や反撃の機会を見計らっている。
 この相手を堕とすにはどうするべきか。
「行こう」
 赤い機体のパイロットが動く。
 最大出力で加速し敵の前に出た。自ら敵の射線に入る行いだ。それはやれるならやってみろという挑発であり、また仲間を撃墜された者にとっては耐え難い嘲りにもなりえる。そして感情を抜きにしても機動力で上回る敵から逃れるよりは敵の過信を突いて撃墜する方が妥当とも判断できる。
 しかし、敵は寸瞬も迷わず進路を真左に変え離脱機動をとった。一切の迷い無しで誘惑を無視して正しい判断が出来るが故にここまでの強者なのだ。
 挑発行為のために無駄に全出力した赤い機体はもう追いつけない。敵との距離が瞬の間に十数キロ以上も離れていく。
 だが、赤い機体は進路を変えて追わなかった。それどころか直線的にひたすら全力加速を続けている。
《:警告/慣性制御の限界の速度域に入ります》
《:警告/パイロットの安全を保証できません。加速を中止してください》
 そう、たとえこの銀の空といえど、赤い機体の限界速度で先程のような機動変更をすれば機体強度もパイロット保護も限度を来す可能性がある。ただでは済まない。
《:補助/自律判断によって加速を中止します》
「うるさいぞ」
 統合戦闘システム経由のパスを通してコマンドを押し込む。
《:override:加速の中止が中止されました》
 機体が再加速した。最早その速度は音速の数倍に達している。
 その頃には敵は更に進路変更しほぼ真逆に飛行していた。小細工が効かない強者。機体性能で上回っていても射線に捉えられず撃墜できないのならば。
 赤い機体のパイロットは覚悟を口にする。
「TACネーム、ラストLライフLフェニックスF。来世無きにし燃る鳥」
 いつの間にか勝手に呼ばれていた名前。だがあえて自分を示す物と受け入れた名。
「今この飛翔が全て。その意味を示そう」
 慣性制御の限界に達している機体をその場で180度反転させ、限界速度を維持したまま速度の向きを真逆へ変更する。
 超過した慣性が反転した速度を殺し、機体を破壊するように作用を起こす。
 赤い機体の全体に亀裂と剥離が生じる。自分の臓腑と骨の破壊音が脳に響く。
 だが
「――――!!!」
 超過慣性をぶち抜いた。
 機体は破損したが爆散していない。
 体も折れ破れたが死んではいない。
 故に、敵へ限界速度での突撃を敢行した。
 大気加熱で外装が赤熱し、亀裂からは発火した素材の炎光が溢れる。
 真に緋色と化した機体が燃え散りながら大気を爆ぜさせて飛翔する。
 超音速で離脱する敵に破滅的な速度で迫り行く。
 敵は驚愕しているだろう。そして今度こそ迷ったはずだ。自分も覚悟して更に加速するか。それとも赤い機体が追いつく前に自壊するのを待つか。一瞬だけ悩んで行動が遅れた。
 故に追いついた。
 壊れながらも限界を越えて敵を照準に捉えた。
LLFリリフィ、Fox3!!》
 暴力的な速度に電磁加速が加わった弾丸が敵を粉砕した。
 撃墜。
 直後に通り過ぎた赤い機体の衝撃波が煙と炎すら消し飛ばし、敵の破片が粉と散って空に溶けていった。
 気付けば、ずいぶん酷い高度まで上がっていた。機能不全で自然減速に任せるしかなかったとはいえ、惑星面歪曲を無視するほどの速度は危うく大気圏を飛び出る所であった。機体が重力によって徐々に引き戻されていく。
《:診断/全損傷部30%/遮断;重損傷部35%/遮断;軽損傷部28%/再構築》
《:警告/高度低下/落下速度上昇中》
《:診断/無損傷部7%/再構築》
《:警告/墜落まであと89秒》
《:機体自己再生中/完了まで残り96%》
《:警告/墜落/残70秒;再生中/残87%;警告/墜落/残52秒;再生中/残77%》
《:警告/墜落/残30秒;再生中/残42%;警告/墜落/残20秒;再生中/残28%》
《:警告/墜落/残10秒;9;8;7》
《:機体再構築完了》
 機体を引き上げる。自己診断システムの懸命な再構築によって自由落下の浮遊感の最中に何とか制御が戻って来た。
 どうにか戦闘空域に帰還してボロボロの機体と体で飛んでいると通信が入った。
《こちら空中管制機AWACSホーンバード、敵部隊の全滅を確認した》
全機直ちに帰投せよReturn to Base.。繰り返す。R・T・B.》
 僅かに赤色の塗装を残した機体のパイロットは自機と自分の状態を確認する。両方とも運良く致命傷は避けられたらしく命令通り帰投できそうだった。
 そこへAWACSからの通信が入る。個別通信だった。
《相変わらず最悪の戦闘飛行だな告死鳥こくしちょう。この死にたがりが》
《何とでも言え。だが敵を全滅させられたのはあたしだったからだ》
 呆れたような嘆息を残して通信は終わった。それはこの戦闘の終了の証だった。
 そう、この戦闘は終わった。だが戦いは続いていく。終わりは知れずに。
 この空が銀色である限り彼女の戦いは終わることがないのだ。
 最後の命の炎鳥、告死鳥、死にたがり。凄絶な戦闘飛行を繰り返し、少女でありながら畏れすら持っていくつもの異名で呼ばれるリリフィは、次の戦いのために無き家の代わりとなった基地へ飛んでいく。
 口から赤い血を吐いて。機体からオイルを垂らし破片を散らして。
 遠い滑走路の光へと、束の間の地上へと降りていった。


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