誤振込みと電子計算機使用詐欺罪
1. はじめに
山口県阿武町の男性が誤って振り込まれた給付金4630万円を使い込んだとして、電子計算機使用詐欺罪で逮捕されたという件が連日ワイドショーで報道されています。
電子計算機使用詐欺罪という罪名自体が聞きなれないものだと思います。社会的にも注目を浴びており、無視せざるを得ないというところで、法律的な観点から、私の理解しているところで、何が問題となり得るのかを噛み砕いて説明していきたいと思います。
2. お金を動かすと何罪?
誤振込みから離れて、払戻権限のない預金を動かしてしまった場合にどのような犯罪が成立するのかを考えてみましょう。具体的には、例えば、盗んできたキャッシュカードを使って預金者ではない者がその預金を動かすという場面を想像してみてください。
(1). 詐欺罪と電子計算機使用詐欺罪
詐欺罪、と聞くと何となくイメージのつく方も多いと思いますが、電子計算機使用詐欺罪となるとなかなか聞き覚えのない罪名だと思います。
電子計算機使用詐欺罪だから、電子計算機を使用した詐欺なんだろう、と言われると、それはそうなのですが、かなりざっくりと説明すると、詐欺罪は「人を騙して」財物や財産上の利益を取得した場合に成立し、電子計算機使用詐欺罪は「機械(≒電子計算機)を騙して」財産上の利益を取得した場合に成立します。
(※細かいことですが、電子計算機使用詐欺罪は機械を騙して"財産上の利益"を取得した場合に成立しますが、"財物"を取得した場合には成立しません。これに対して、詐欺罪は人を騙して"財物"を取得した場合にも"財産上の利益"を取得した場合にも成立します。)
これがどういうことかというと、払戻権限のない預金を窓口から引き出したという場合、窓口の係員(=人)に対して自らが権限を有しているということを騙していますから、人を騙して現金を取得したということで、詐欺罪が成立します。
これに対して、払戻権限のない預金をATMを利用してその口座から自己または第三者の口座に送金したという場合、人を騙しているわけではありませんから、詐欺罪が成立することはありません。一方で、自らが権限を有していることを前提としてATMという機械(電子計算機)を操作することで、機械を騙して預金という財産上の利益を不法に取得したことになりますから、電子計算機使用詐欺罪が成立するということになるわけです。
ちなみに、同じくATMを利用する場合でも、払戻権限のない預金をATMから直接引き出した場合には、電子計算機使用詐欺罪ではなく窃盗罪が成立することになります(※細かい説明は割愛しますが、犯人が受け取る現金(≠預金)は"財産上の利益"ではなく"財物"ですので電子計算機使用詐欺罪は成立せず、窃盗罪の方が成立するということです)。
(2). 小括
同じように不正に預金を動かす場合でも、どのように動かすかによって成立する犯罪が異なってくるのです。ここまででもうすでにややこしくなってきました。ここで簡単にまとめておきましょう。
3. 誤振込みの場合には?
(1). 話はそう簡単ではなく・・・
報道によると、冒頭の男性は誤って振り込まれた給付金をネットカジノに利用したとのことでした。つまり、誤って振り込まれた預金をネットカジノの運営会社に送金したということになりますから、上記③のパターンとなり、電子計算機使用詐欺罪で逮捕された…、ということであれば話はこれで終わりなのですが、誤振込みであることが話をもう少しややこしくしているのです。
(2). 誤って振り込まれた預金は誰のもの?
ここまでは刑事の話をしてきましたが、誤振込みに関する民事事件の最高裁判例として、誤って振り込まれた預金であっても、その受取人は銀行に対して預金債権を取得する、というものがあるのです。
つまり、最高裁の判例に従えば、阿武町から男性に振り込まれた4630万円は、たとえそれが誤ったものであったとしても、民事上は受取人である男性が預金債権を取得する(男性が預金を持っている)ということになるのです。
ということは、民事上は預金を持っていることになっている(自分のお金になっている)にもかかわらず、そのお金を動かすことによって、詐欺罪をはじめとする犯罪が成立することになるのだろうか、ということが問題となってくるわけです。そして、この点こそが、本件における最大の論点になってくるのではないかと思います。
上でお金を動かすと何罪が成立するかを考えるにあたって、誤振込みではなく、払戻権限のない預金を動かした場面を例に挙げたのは、以上のような理由によるものです。
(3). 一部解決済み??
ただそうはいっても、誤って振り込まれたお金をそれと知りつつ使い込むなんてけしからんではないか、と言われるとおっしゃる通りという気もします。
実は、上記の民事事件の最高裁判例が出た後、刑事事件において次のような判例が出たのです。
この判例は、「錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する」と述べていますから、2(2)の類型の中では、①のパターンの事案ということになるます。
そして、民事上は誤って振り込まれた預金であっても、受取人が預金債権を取得するのだけれども、受取人はその預金相当額を自己のものとする実質的な権限を有していないのだから、銀行に対して誤った振込みがあった旨を告知する信義則上の義務があり、受取人には詐欺罪が成立すると結論付けたのです。
(4). 本件では?
上記の判例に対しては、民事上預金を持っている者がお金を引き下ろした場合に刑事上詐欺罪が成立するというのはおかしいのではないか、という指摘もあるところですが、ひとまず①類型に関しては詐欺罪が成立するということで決着をみたと言って良いでしょう。
これに対して、本件は上述の通り③のパターンです。そして、少なくとも、誤振込みで③のパターンを扱った最高裁判例は今のところありませんから、①のパターン同様に(電子計算機使用)詐欺罪を成立させて良いのかが問題となるというわけです。
4. まとめ
本件で問題となっていることのうち、主に電子計算機使用詐欺罪の成否という点に関して取り上げました。本来はこの先で立ち入った検討が必要なのですが、さしあたり、ニュースで問題となっている点を理解する上では十分ではないかと思います。
この事件では、今回取り上げた刑事事件の問題だけでなく、民事上の不当利得返還請求の問題や、どのようにして現実的な回収を図っていくのかという問題、あるいは、地方公共団体の責任の問題など、数々の法律上の問題が含まれています。このような点を含めて、今後の動向を見守っていきたいと思います。
今回は私の理解の範囲で、内容的な正確さを若干犠牲にしつつも、なるべく法律に馴染みのない方にも理解していただけるように噛み砕いて説明することを心掛けました。それが実現できているかどうかは自信がないのですが、ニュースで報道されている問題を理解する一助となれば幸いです。