夏休み前半が終わった時点での独り言
ぼくら夫婦はまだまだ子育てが下手だ。
小五と小二の二人の息子は、ちょっと「子どもらしさ」に欠け、臆病な子どもになっている。
もっとのびのびとすれば良いのに、と心の中では思っている。
宿題をできなくたってそんなに大した問題じゃない、とも思っている。
だけど宿題がなかなか進まない彼らをみていると、
長男には「自分でもう少し計画を立ててやろうね」と。
次男には「工作の宿題、そろそろ始めたら」と、気づけば妻と口を揃えて言っている。
思い起こせばぼくらが子どもの頃、夏休みはもっとピカピカした期間だったように記憶している。ぼくは田舎の出身なので、学校のプールにはほぼ毎日入ることができた。ほぼ毎日神社の境内でラジオ体操をして、帰り道でカブトムシやクワガタを捕まえることは、それほど珍しい出来事ではなかった。
少年野球の練習に参加したり、試合もあったように思う。頻繁に友達が家に来たり、ぼくが遊びに行ったりもしていた。自営業の親はたまに海にも連れて行ってくれたし、友達と遠出をしたりした記憶もある。家の庭でバーベキューを楽しみ、手で持つ花火をして遊んでた。
そして何より、今年の夏みたいに気温が35度を超える日は一切なく、30度を超えただけでもニュースになるような時代だった。
子どもは好奇心の塊で、スマホやテレビに子育てを任せちゃやっぱりダメで、コンクリートジャングルは子育てには適してなくて、危ないものから遠去けすぎるのも良くなくて、なかなかいろいろ難しい。
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今この国は結構大きな曲がり角に来ていると思う。
日大アメフト部の問題にしても、ボクシング協会の問題にしても、首相夫妻が関係しているとしか考えられない森友、加計学園の問題にしても、LGBTは生産性がないと言った議員の問題にしても、みんな古くて悪い慣習に慣れ切ってしまった人が関係している問題で、みんな学校教育や組織内の教育に関係している問題でもある。
親や先生、上司の言うことを聞くとか、聞き分けが良いとか、集団の中では個性を消せるとか、空気を読むとか、そんなことを子どもに求めて良いのだろうか。
ゆとり教育は詰め込み教育よりずっと良いのではないだろうか。
宿題ってそもそも必要なのだろうか。
学歴って必要だろうか。
子どもたちが大人になる頃、どんな仕事が無くなったりできたりするのだろうか。
教育に関する疑問はまだまだ尽きない。
これから先もいろいろと思うところを綴っていこうと思う。