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其の九 ソフトランディングは難しい

何しろ感情に蓋をして会社のこと、国のこと、世界のことを考え抜き、過去に思考を飛翔させ、フロー状態に入っていたのだ。(幽体離脱していたと言ってもいいかもしれない。)時間感覚を元に戻し、平衡感覚を取り戻し、感情を解き放った時の反動はとてつもなく大きかった。権力も財力もない僕は自分のために、家族のために、開発チームのために、東日本で津波の犠牲になった方々や、阪神淡路大震災や熊本地震で亡くなった方々、無益な戦争で亡くなった方々を思い、一人で涙した。
 
 話を少し前に戻す。

 開発プロジェクトは2016年8月に最後の山場を迎えていた。通信インタフェースについては仕様を変更することが決定しなんとか目処が立ったものの、製品の最終試作の最中に製品内部に記憶しておくべき情報が記憶媒体であるメモリICに正しく保存されない不具合が発生したのだ。この手の問題はさすがに放置しておけないため、出向先の工場の有識者が集められ徹夜で不具合の解析と対応策の決定を行い、量産開始前に何とか最後の会議体を持ち、事業部長の承認を得ることができた。後日、彼からは「なぜ製品コストが高くなったのか」を問われたが、「コストよりもスケジュール優先とおっしゃいましたよね」と僕は毅然と回答してやった。自分で言ったことも覚えていないのだろうか、定年間際の爺さんだし仕方ないとは思うのだが。

 この頃、僕は周囲には内緒で2件の打合せをセッティングした。1つ目はパワハラ相談室で2つ目は前出の技術部門長Tさんだ。あらゆることに懐疑的になっていた僕は社内のあらゆるポジションの人と話し合いをしてみようと思っていて、ヒアリングを試みた訳だ。
 パワハラ相談室の相談員は元々僕らの部署にいた東京事業所長を伴って工場から少し離れた街の貸し会議室をセッティングしてくれた。普通の企業であれば親身になって困りごとを聞いてくれる30代位のメンタルヘルスに詳しい社員が来るであろう考えていた僕の淡い期待は、定時後に急いで移動してその街までたどり着き、会議室のドアを開けた瞬間に崩れ去った。そこにいたのは白髪の、どう見ても定年間際の男性社員であった。一応地方まで出向いていただけたので、今回の出向と開発移管がいかに杜撰なものであったかを説明し、集団的パワハラをどうにか止めて貰えないかと相談したのだが、白髪のオジサンは関西弁丸出しで「まぁ、しゃあないやろ、サラリーマンなんやし。事業部長かてがんばっとんのやから我慢しいや。」みたいな発言をし、東京事業所長も首を縦に振るだけであった。この東京事業所長、実はウチの部門の事業部長と反りが合わず、その旨を本人に打ち明けた所今のポジションを斡旋してもらえた、ある意味ラッキーな方で僕とは面識があった。相談員が離席した際に所長とも会話をしたが、彼も全く話を聞いてはくれず、僕はため息交じりに帰路に着いた。
 
 技術部門長Tさんに飲みに連れて行っていただいたのは、関西にある本社で僕が参加しているワーキンググループの打合せの前日、開発プロジェクトがようやくひと段落した8月末の夜のことであった。ウチの会社の人間、特に営業系の人間にはロクな奴が居ないことが判っていたのだが、開発系のトップであるTさんにしても何か間違った認識を持っているのではなかろうか、と思い僕は全社員が持つ誤解の根源を探ることを密かに考えていた。前にも述べた通りTさんはフランクでとても良い人だ。地方工場にいた時の昔話をしてくれたし、僕の質問にもなんでも答えてくれた。あっという間に2時間ほどの飲み会は終了し、僕は予約していた近くのホテルにチェックインした。そして彼の言葉の中からこれは違うと思うことをメモに残し、大部分の社員を苦しめる不文律というか暗黙のルールを探し出した。ざっくりまとめると以下のようなことだった。


・企業は成長し続けなければ株主に潰される。
 →市場が飽和したジャンルにおいて売上を成長し続けることはムリ。
・人事は神事。お上の言うことには誰も逆らってはいけない。
 →人事は人が決めること。正当な理由がなければ受けなければいい。経産省やNHKなどの機関からの要求に対しても時にはNOと言う必要がある。
・副業は禁止されているから、社員の書いた本の印税は会社に入る。
 →自分の創作物に関して会社にとやかく言われるのはおかしい。副業を認めている会社は少ないがある。
・社長や会長の発言は絶対であり、背いてはならない。
 →・・・。
・我が社は最先端企業であり永遠に成長し続ける。
 →こういう思いあがりが正に大企業病。
・マネジメントの管理対象は「人・モノ・金」
 →管理対象は「人・情報・モノ・金」である場合が多いがそれだけとは限らない。

 ウチの会社、1つの企業としては大きいのだが本質的には中小企業の集合体のような組織であり、従業員満足度よりも株主満足度やCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)を優先させる外面の良い会社なのだ。そして社長はじめ数名の執行役員やウチの事業部長や企画開発長の名前が実名で2chに登場する変な企業でもある。(大抵のメイカーは人格的に優れた人間か、企業のコアとなる技術について精通した人間をトップに据えるものだと僕は考えていた。)この夜、Tさんとの対話を通してウチの会社の勢力図みたいなものが僕の頭の中にインプットされた。簡単に図示するとこんな感じだ。

僕が務めていた東京事業所は本社ではなく営業所としてのテイストの方が遥かに強い。関西にある本社も立派なオフィスであるのだが、ハード系のエンジニアが務めやすい環境とは決して言えず、ハード系エンジニアは大抵地方工場勤務をしている。会社はカンパニー制で経営されており、従業員数が多いカンパニーの執行役員が当然強い発言権を持つ訳だが、役員が営業出身者の場合そのカンパニーのコアが何か考えない傾向がある。

営業はコミットした成果を数値で表すのが簡単であるため、上司に気に入られ成果を出しやすい環境を与えられれば、すぐに昇格できる。反対に開発系の部門は自分のスキル(回路、ファームウェア、アプリケーション、機構設計など)をどう活かすかを考えた上で仕事を受ける必要がある。営業系と技術系の社員を横並びで評価してはダメであり、多くの企業が販売会社を別会社にする理由はそこにあると断言できる。

考え直してみれば当たり前なのだが、東京は空が狭く、お金があれば何でもできるが、お金ができれば何もできない洗脳の都である。サラリーマンは通勤時の満員列車で揉みくちゃにされ、家でくつろごうにも近隣の住民に気を使い、スマートフォンとにらめっこしてストレートネックや肩こり・頭痛に悩まされ、子供たちを学歴競争に送り込むために塾や習い事に通わせ、日々消耗していく。
ウチの会社は本社が東京ではないため、東京に集まるのは営業的な成功者ばかりで、モノづくりに携わる人間ではない。

会社に関する謎、変な国日本に関する謎が解けた9月以降、僕は敢えて無能な社長や執行役員とは逆のやり方を貫いてみることにした。彼らのように愛人をつくったり、カラ出張をしたり、風俗で豪遊したりはしない。贅沢は敵であり、媚びたりゴマをすったりは決してしない。世の中の多くの企業が関心を寄せているIoTとかビッグデータのことはあまり考えない。「孤独のグルメ 」の五郎さんのように安くてウマい店を探し、教えるのが上手なコーチからテニスレッスンを受け、家に帰れば家族を大事にする。自分のクリエイティビティを磨くために革細工をしたり、エッセイを書き綴ったりして家族に対して恥ずかしくない生き方をする。

正直に言えばお金は欲しい。早々にエッセイを書き上げマネタイズしたいと思いつつ、開発業務を外され雑用的な業務を言い渡された僕は、残業などせず業務の効率化や出向解除後の業務はどうなるのか、なんてことを考えながら地に足を着け新たな業務に臨もうとしていた。

そんな僕に再び恐怖を与える出来事が襲いかかってきた。2016年11月のアメリカ大統領選挙である。

2019年はフリーターとしてスタートしました。 サポートしていただけたら、急いで起業します。