言葉にできないもどかしさ

 山芋の短冊切りに牡蠣醤油をかけたおかずを、相方がスプーンで食べる。
 「意外とスプーンのほうが取りやすいで」
 そう言いながら、思いきり山芋が滑り落ちていた。
 こういう時、プライド維持に必死になる男性は多いのだけど、カッコつけずに恥ずかしそうに自分で笑ってる。
 私もインスタ映えする料理は作らないし、こうした気楽な関係に慣れてしまうと外に出てカルチャーショックを受ける。

 振り返ってみると、私の職場は圧倒的に女性が多かった。
 男性が多い職場にセクハラはつきもので、安全確保が一気に難しくなる。
 ガードする男性も標的にしてくる男性もいたけど、いずれにせよ性的な存在として見られないだけで女性の職場のほうが働きやすかった。

 性加害する男性はからかい半分で近づいてくるけど、冗談のままでは終わらない。
 しつこくチャンスを狙って、こちらのYESサインを(捻じ曲げてでも)読みとろうとする。
 「あの人が?」と驚くほど普段は品行方正な男性が、卑しい笑みを浮かべながら距離を縮めて性加害する。
 私だけでなく、多くの女性が、子どもの頃からそんな男性の裏の顔を目の当たりにして「お前もか」と落胆するのだ。

 その生理的嫌悪感を一言で表す言葉がない。
 「気持ち悪い」の変化形、俗語でいうところの「きも」「キッショ」でしか言い表せないなんて、いかに性被害を語るための言葉がないかを思い知る。
 語ろうにも語れないのだ。
 説明しようとするほど、フラッシュバックの引き金になる。
 傷口が開いて、血が噴きでてしまう。

 「勇気を振り絞って打ち明けたら『お前が悪いんだよ』と言われた。ショックでそれ以来誰にも話せなかった」
 それを今は、「セカンドレイプに遭った」の一言で語れるけど、性加害者に共通する、あの独特の卑しい薄笑いを表す言葉がない。
 それに、性被害を語ろうとしても聞く者がいなければ言葉は生まれないのだ。
 ただ聞くだけじゃなくて、それがどういう事態なのか、どういった症状を引き起こすのか、そこまでわかった上で聞ける人は少ない。
 たいていは、聞かなかったことにしたがる。
 いかに性被害者が泣き寝入りしてきたか、その歴史を知って身につまされる。

 性被害者の声は、その深刻な爪跡を“よく知らない人たち”によって葬られてしまうのだ。
忘れてしまったほうが今までどおり仲間とともに生きられる。
 自分の傷と向き合わないで、表向き・前向きでいたほうがマジョリティでいられる。

 だけど、問う。
 性加害者が歓迎されるコミュニティで、性被害者の声を聞こうとしない仲間をあなたは求めているのか?
 ただ楽しく過ごせたらいいコミュニティ、そこで何が起きても問わない人たちとあなたは何もなかったように過ごしたいのか?
 自分の傷を置き去りにして。

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