【小説】あかねいろー第2部ー 40)最後の定期戦ー2ー
校舎に向かって左側に作られたテントの下にメンバーが集まる。15人と、3年生のレギュラークラス、2年生の一部が輪を作る。一太や小道から、不甲斐ない試合展開に檄が飛ぶ。
「3年、こんな試合で終わりでいいのかよ。これが、俺らのラグビーかよ」
一太の檄が飛ぶ。
「田村さ、突っ込んでくる相手、吹っ飛ばせよ。お前なら、できるだろ。一発かませよ。逃げてばっかいるから図にのってどんどん出てくんだよ」
小道も続く。出ているメンバーは、下を向いたり、首を傾げたり。いつもとは違うメンバー構成で、無理やり作った引退メンバー入りのチームは、どこがどう機能していないのか、すぐに見出せない。ただ、相手の出足に怯んでいるというか、押されているというか。それはわかっている。
「これ、メンバー、後半どうする?」
一太が小道や僕をみる。
打開策の見えない中で、気合いだけで状況を好転できるかといえば、極めて微妙に見えた。点差はトライ1つだけれど、内容は大きく差がある。かといって、PGで点差を詰めていくとか、そう言うことまでするつもりもない。
「レギュラーメンバー中心にしてしまえば、圧勝できると思うけど」
一太の声に、30人が無言になる。
それはわかっている。相手は、間違いなく格下だ。1本半、ぐらいのメンバーで十分に圧勝できるだろう。
でも、そこには、違った空気が流れている。違うんだ。今日はそう言う日じゃないんだ。
「田澤、このままで勝てるのかよ。どんなメンバーだろうと、絶対負けらんねえぞ」
一応、ゲームキャプテンを任されている田澤に一太が詰める。
「うーん、どうだろう・・ちょっと攻め手が・・・」
「なんだよそれ」
「田村、バックスはどうなの」
逃げるような田澤の言葉に、一太が吠える。
「そんなんでやってられっかよ。ふざけんな。引退試合だろうがなんだろうが、勝たなきゃダメなんだよ。わかってるだろ!」
もう一度テントの下がひんやりとする。誰かが、誰かの言葉を待っている。
僕は軽く目を瞑り、少し深呼吸をする。田澤と僕は3年間同じクラスで、僕がやさぐれていた時期には、結構彼の存在に助けられた。トランプをしながら、麻雀をしながらあれこれ話をした。それも、今日で最後だ。この試合は、単なる1つの試合じゃない。僕らが負けているのは、杉川高校の、この試合にかける想いの強さだ。全員が、今日で最後、高校生活最後のラグビーを、ここに賭けている。
でも、それは、本当は僕らだったて同じじゃないか。田澤、田村、古市、吉岡、石原、この5人にとって、この試合は、杉川高校と変わらない立ち位置のはずだ。いや、そうじゃない。彼らは、ここまで僕らと一緒に、杉川高校のメンバーとは、比較にならないような、たくさんの苦しい練習を共に経てきた。それは間違いない。絶対に間違いない。練習に対する熱量、ラグビーに対する熱量は、どの学校に対してだって負けないはずだ。田澤は肋骨を2回も骨折した。石原は脳震盪で2ヶ月練習を休まなくてはならなかった。田村は試合をすれば、いつも肩を外していた。でも、みんな、ここまで食らいついてきた。そして、今僕らは、本気で花園を目指せるチームになってきた。それは、レギュラーメンバーの力ではなくて、少なくとも、3年生全員が、ここまで一緒にやってきた結晶だ。その証拠に、アホみたいに全員で、今日で辞めるメンバーまで全員が、坊主頭になっている。
「一太、このメンバーでやろうよ。このメンバーで絶対勝てるよ。俺ら、そんなにやわじゃないよ。このメンバーだって、むっちゃ強いチームともやってきている。田澤や田村は、百花東とのあの試合だって出てるんだぜ。信頼しようよ。このくらいの劣勢、すぐに吹っ飛ばせるよ」
僕が思いを代表するようにいう。
「でもお前、このままじゃ変わんねえだろ、打ち手がないっていってんだから」
「一太。打ち手なんていらないんだよ。いつも通りのファイトができればいいんだよ。ただ、それができていないんだろ。だったら、出せるようにすればいいじゃないか」
「どうやるんだよ、吉田」
僕は横の小道を見る。そして、そのさらに横の田澤を見て、少しニヤつく。
「負けたらさ、全員で農村、10周しよう。10周だよ。断然新記録だろ」
「10周!!!」
輪の後ろで2年の新田が声を裏返す。
「吉田先輩、それは無理っす。死人が出ます」
「新田、お前が走れよ。お前が決めればいいんだよ。できなきゃ、お前のせいだよ。全員で日が暮れるまでやるしかないだろ、農村」
「おおお、おお、それはやりまっす!決めてきます!」
「一太、これで行こうぜ。これ、一番大変なのは、お前と浅岡だろうけど・・だから、俺らも、死ぬ気で応援しようぜ。死ぬ気で、サイドラインから盛り上げようぜ。今日の主役は、舞台に立つのは5人だけど、これは、俺ら3年生、全員の試合だろ。舞台に、グラウンドに居なくとも、絶対にこの5人を勝たせるために、やれることいっぱいあるよ」
3度目の静寂がやってくる。しかし、前の2回のそれとは違う。歯を食いしばり、拳を握り、己の心にそれぞれ問いかける。
「負けるわけがない」
田澤がボソリという。その横で、一太がポンと手を叩く。
「おーし、いいじゃん。やったろうじゃないか、農村10周。なあ、浅岡」
「俺は無理だよ。でも、負けなきゃいいんだろ、負けなきゃ。出てる奴らにムチ打つよ、俺は」
後半に向けて、メンバーは変えなかった。その代わり、僕らは、全員がタッチライン沿いにぐるりと囲むように立ち、そこから猛然と声出しを始める。
「田澤、キックオフ刺されよ!」
「古市、サボるなよ、走れよ!」
僕らのキックオフでスタートすると、FWのラッシュに合わせて、僕らの外野ががなり立てる。
「刺されー」
「おー、いった!」
「よっしゃー、ナイスタックル」
「オーバー、オーバー」
「取れる取れる!」
などなと。60人強のメンバーが大声で指示とも野次とも判断つかない言葉を大声で出し続ける。
キックオフからできたポイントから、杉川高校は例によってハイパントを上げてくる。
「FW、下がれ!」
「古市、吉岡、歩いてんじゃねえよー」
プロップの二人がのそのそしているところを、外野から一斉にヤジが入る。それを聞いて、二人は慌てて走ってポイントに向かう。
「めくれる!めくれー」
そんなに簡単にいくか、と言うことも、声を出すのは簡単だ。しかし、誰かがその声に押されてか、10m付近でのラックで相手のボールに絡みペナルティをゲットする。
「よっしゃーー」
グラウンドの中よりも、グラウンドの外でハイタッチが起こる。1年生は、小躍りする。
「田澤先輩、ナイスですー」
男子の黄色い声が飛ぶ。
雰囲気は一気に変わる。
ここに出ている15人は、今日の僕らのラグビー部の主役だ。彼らは、僕らそのものだ。ちょっと経験もなく、スキルもないかもしれないけれど、一緒に戦ってきた仲間だ。絶対に勝つんだ。僕らは、80人で戦うんだ。15人じゃない。80人の心がグラウンドの上に立っているんだ。
ペナルティキックを石原が蹴り出して、22m付近のラインアウトになる。一斉に、
「モール!」
と言う声がかかる。
吉岡のスローはちょっと曲がって見えたけれど、笛は吹かれず田澤がキャッチをしてモールを組む。
「古市、左から押せ!」
「石原、出すな、出すな、押させろ!」
やら
「新田、タッチラインまで開けよ!キックパスあるぞ!」
とか
「田村、トイメンモールに入っていなくなったぞ!」
などなど。でも、圧倒的に
「FWでいけ!押し切れ!」
と言う声のボリュームが大きく、ラインアウトから一気に10m以上前進する。そこでモールは一気に前のめりに倒れると
「落としただろー」
とガラの悪い声が飛ぶ。しかし、その間隙を縫って、ハーフの石原がボールを右に持ち出し、思いきっりまっすぐ突っ込んできた仁田に小さくパスをすると、FWとSOの間を彼が突き抜けてトライラインを超えていく。
「よっしゃー」
「うっほー」
動物的な奇声があちこちで上がる。そしてハイタッチが続く。
心が解放された僕らは強かった。そして、悪ノリをしてグラウンドサイドで騒ぐ僕らは、しばしば先生方に注意をされた。でも、何か反則をしているわけではない。みんなで、たった80人だけど、みんなでできる限りの試合をしているのだ。
そこからは、僕らのFWが一気に息を吹き返し、自信を持ってサイドをつくようになり、杉川高校は疲れも合わさり、次々にサイドを破られるようになってきた。そして、余裕を持ってハーフが捌き、余った状態のバックスに回すと、個性的なランニングをする新田にスペースを持ってボールが行くようになり、彼が奔放にグラウンドを走り回り始め、一気にビックゲインをするようになった。こうなると、ムードが良くなると逆に実力以上に力が出てくるのも、2本目3本目の子たちの特徴で、1本目とは違う、ワイドで創造的な(ある意味無茶苦茶な)アタックが続き、外野がさらに沸く。
2本目のトライは、新田が中央付近から50mを独走した。中央真ん中で相手のキックをキャッチした彼が、初めは右サイドに走って行ったのだけど、ステップを切って、スワーブを切って交わしているうちに、左サイドのはじまでやってきて、相手をかわし切ると、あとはサイドラインを独走した。縦に50mだけど、縦横合わせれば100m近く走ったようにすら見えた。
3本目のトライは、10m付近のラインアウトから、相手が今日の特徴である直線的な勢いのあるディフェンスを仕掛けてきたところ、センターの田村が正面からぶつかり、相手を跳ね飛ばした。そして、そのまま独走し、残り10mあたりでFWに返して、そこからFWがサイドを突き続けて、ゴールラインを割った。そもそも田村は人に強い。スキルはないかれど、筋肉はすごい。百花東の日本代表クラスのバックスにだって、ボールを持てば負けなかった。その彼が、自信を持って相手を吹き飛ばしにかかれば、当然にこう言うことになる。
結局試合は、トライ数で4ー1。得点は22ー7で僕らが勝利した。
試合の後、僕らの15人と、杉川高校の試合に出たメンバーで、1つの輪になった。50人近くのラガーマンが、敵味方関係なく並び、共にジャージの肩を掴み合い、1つの輪になる。その真ん中には、杉川高校の先生が立つ。
「両校とも、今日でラグビー部を引退する子達がいる。今日の試合は、俺が見た限り、今年の杉川高校ラグビー部の最高試合だった。すごく控えめに言って。今日のタックルに、俺は感動した。3年生、ありがとう。本当にありがとう。強いチームにしてあげられなかったのは俺のせいだ」
「今日のこの気持ち、このグラウンド、この空、この仲間たちを、ぜひ一生大事にしてほしい。そして、できるならば、ラグビーを何らかの形で続けてほしい」
一呼吸おいて、今度は僕らの方を向く。
「今日は、君たちの強さを見せてもらった。俺は、君たちの戦い方、80人いるの?そのみんながラグビーに、グラウンドにのめり込んで向かってきた後半を見て、ちょっとうるっときたよ。これ、しかも、コーチなしでやってるんだろ。最高だよ。本当に、本気で、この地区から花園に行くの、目指してるんだなと感じた。最高の試合だった。ありがとう」
「こうやって、最後、敵も味方もなく、一緒に、引退していくメンバーと、最高の試合をして、最高の試合の後を迎えられる。ラグビーって、最高に素敵なスポーツだろ」
「山野辺、キャプテン、最後になんかいうか?」
10番をつけた彼は、少し戸惑う。でも、すぐに小さく返事をして、2歩だけ前に出る。彼は、一太と中学の野球部の同級生だ。
「一太、これで対抗戦は僕らの2連敗だ。正直、レギュラークラスでないお前たちに負けたのはむっちゃ悔しい。絶対に勝ちたかった」
「でも、後半のお前たちには、全く歯が立たなかった。前半と後半で、まるで違うチームだった。それに、周りからもプレッシャーがどんどんかかって、飲み込まれたみたいになってしまった」
「悔しいと言うより、すげえな、と思った。周りのメンバーが、マジで本気で、そのままグラウンドに入ってくるんじゃないかと思った」
ちょっと鼻を啜る。
「だから、俺も、もっともっといいラグビーをしてみたいと思う。もっとすごいラグビーをしてみたい。ラグビー続けたいと思った。今日。正直いえば、昨日までは、今日が最後の試合だと思っていた。ラグビーは。だけど、一太が、周りから一番でかい声出し続けているのみて、俺も、もっと本気で、もっと命懸けでラグビーやりたいと思った」
「俺らの代は今日で終わりだ。だけど、今日の試合のことは、きっと俺ら14人は絶対忘れない」
「だからさ、ありがとう」
「鈴木くん、何かある?」
杉川の先生が促す。一太は元来喋りたがりだ。
「あ、はい。じゃあ1つだけ」
「今日はうちのメンバーがうるさくしてすいません」
どっと笑いが起こる。
「僕らも5人のメンバーが今日で引退です。でも、この5人は、単なる5人じゃなくて、僕らの22分の5です。僕らそのものです。だから、僕らは、今日負けると、今までで経験したこともないような罰ゲームを課すことにしていました。というか、前半終わった後に、そう言う話をしました。僕らは、全員が、その罰ゲームを回避するために頑張りました」
「僕らがもし、少しでも周りのチームより強いところがあるすれば、それは、この頭、みてください。みんなで坊主ですよ、このご時世に。こう言うところや、自分たちで自分たちに罰ゲームを課して、それを全力で回避しようとするとか、本格的にバカですよね? でも、多分、こう言うこと、楽しんじゃうところなのかな、と」
「明るいバカ」
誰かがどこかで言う。
「そう、ラグビーって、明るいバカになれますよね。今日、杉川のメンバーの戦いぶりも、そんな感じがしました。一本槍で突っ込んでくる。刺さってくる。その気迫と、気概に僕らは押されてしまったわけで。それを、僕らも、気迫で押し返して」
「本当にありがとうございます。最高のラグビーだったと思います」
どこからか拍手が湧き起こる。一太が照れる。杉川のキャプテンが一太の腹をポンポンとする。
円陣が解けて、テントを片付けてから、グラウンドの横で僕ら80人が1つになる。そして、今日で引退の5人を順番に胴上げする。夏の夕暮れはまだ遠い。強い西陽を受け、顔を焦がしながら、全部で60回胴上げをする。
最高の夏がやってくる予感がした。