【小説】あかねいろー第2部ー 10)さあ、新人戦!ベスト16から登場!
新人戦の1回戦は、風のない穏やかな天候になった。県北の県営の芝のグラウンドが2面用意され、一気に8試合が行われる。僕らは第2グラウンドでの第2試合。10時10分からがキックオフの予定で、会場には8時に入る。私立の学校がバスで会場入りするのに対して、僕らはめいめいが電車とバスを乗り継いで会場で落ち合う。最寄りのバス停の近くのコンビニで、カロリーメイトやエナジードリンク、バナナなどを買い込んでいく。
僕らの試合の前の第一試合では、桜渓大付属が南地区の名門公立校の浦田高校と対戦していた。浦田高校は偏差値が70を越える県内公立校のTOP校で、10数年前には連続して花園に出場したことがあり、その際は話題になりTVでもしきりに取り上げられていた。近年は全体として私立の高校に押されがちな県内の情勢だが、それでも毎年上位に顔を出してくる。体は大きくないけれども、ラインアウトが上手で、とにかくよくタックルをするチームを毎年作ってきた。
しかし、その試合は衝撃の展開になっていた。
桜渓大付属の3人の留学生がキックオフ直後から大爆発をし、開始から3本続けてノーホイッスルトライを重ねた。特に1本目は、11番のウイングの1年生が22mのライン側で直接キックオフのボールを取ると、そのままライン側を走り、相手のFWを2人跳ね飛ばし、対峙するバックスに対して、強烈なスワーブを見せて、一気に内側へ方向を変え、ぐんぐん加速をしてそのまま斜めに走り、右サイドのはじから中央までインゴールに向かい、まるで無人の荒野をいくかのように切り裂いていった。
僕らも、サブグラウンドの向こうからその様子を見ていた。どんな走りをするのだろう、桜渓大付属の留学生たちはどんな動きなのだろうと、目を側立てていたところに、次元の違う生き物が目に入ってきた。
「おいおい、、あれはダメだろ、反則だろ」
僕の横で小道がいう。
「あれは止めらんなくない、正直」
守村もいう。
桜渓大とは、お互いが勝ち上がれば次の試合で対戦することになる。びっくりするというより、なんだかちょっと呆れたような空気になる。
「大丈夫だよ、ボール回さなきゃいいんだから。ほれほれ、いくぞ、こっち」
一太が小道の肩をポンポンと叩く。
そうさ、どんなにすごい留学生がいようと、スーパープレーヤーがいようと、そいつにボールをもたさなければいい。そのための方策はきっと考えられるはずだ。
それよりも、まず、僕らの試合だ。
ある意味、留学生のスーパープレーヤーは、僕たち高校ラガーマンは見慣れている。それくらいで泡を食ったりはしない。外から見ている限りは。
桜渓大付属は結局浦田から8トライを取り圧勝した。50-0のスコアで、浦田が50点を取られたのは、ちょっと記憶にないことで、早速彼らの周りには記者が取り巻いていた。
高校生の地方大会の進行スケジュールはテンポが良い。グラウンドはまだ桜渓の余韻が十分に残る中で、彼らも手際よくスピーディーに引き払い、僕らがベンチに陣取るのは試合の10分前。もうアップは十分に済ませているので、軽く合わせを3本だけして試合の開始を迎える。
春下高校は東武地区の名門で、かつてはベスト8、ベスト4の常連だった時期もあるが、近年はベスト16の壁を越えられていない。東武地区は完全に私立の東和学園の独壇場で、留学生も含め県外からも有力な選手を集めている。それ以外のチームは、しっかり部員を揃えるので精一杯というところがほとんどで、春下高校も登録メンバーがそもそも21名しかいない。
ただ、僕らにとっては、このレベルで油断のできる相手はいないので、基本の試合プランは、まずはFWでしっかりと圧力をかけていきながら、彼我の力の差の最もあるだろう部分でこじ開けていくというところになる。
春下のキックオフで始まったボールを、早速小道がボックスキックで相手FWの裏に上げていく。競り合ったボールは相手のウイングが取ろうとするが、僕らのチェイスもよく彼はイージーにノックオンをしてしまう。
そのスクラムをグリっと押し込んで、ここでも圧倒的に僕らに分があることを確認してから、すぐにSHの岡野はボールをバックスに供給する。プラン的にはもう一度キックのエリアだけれども、FWにはファーストコンタクトで力の差を感じていたので、バックスも少し試してみようというところで、小道から守村をデコイに入れて、清隆を当てる、と見せかけて彼の後ろを通して、ライン参加してきたFBの僕に深めのパスを送る。僕の前には足の止まったアウトサイドセンターと、相手のウイングがいるけれども、ランのコースを縦に切り替えして一気に加速をして彼らを置き去りにする。そして、それを見越したように笠原が早くも僕もすぐ横に顔を出してくる。僕は内側からくるフランカー、相手のFBをみて、少し外にコースを変える。それを合図に、笠原が一気にコースを逆、内側に切り替える。僕は丁寧に後ろを見て彼にボールを渡す。外側に向けて体重のかかっていた相手ディフェンスは皆虚を突かれる。その瞬間に笠原は一気に誰もいない22mをインゴールど真ん中に駆け抜ける。
あまりにも綺麗なトライに、抜けた僕らの方がびっくりする。ただ、抜けた後に、僕と笠原がクロスをする、これは、抜け切るためでもあるし、僕らとしては、どうしても外に行けば行くほど、FWが遅れてしまうことが多いので、FWに近いところに戻ってくるという狙いを持って、繰り返し練習をしてきたところだった。1つ1つの場面と、そこから生まれる課題をきちんと考えながら練習をすることが、結果につながった一瞬だった。
この一本は、春下側からすれば想定外の一本で、FW戦で堪えてなんとか接戦で勝機をというところのプランが、一気に崩れ去ったように見えた。バックスでも僕らの方が圧倒的に優勢であることを示すのに十分な一本だった。
その後は、小道からのパントと、FWのサイドアタック、そして今度はセンターの清隆を楔で入れ続けることでゲインを図る展開に対して、早い段階で春下がペナルティを犯してしまい、そこからタッチキックでテリトリーを取っていき、その後FWでモールという僕らの十八番の展開が続き、前半だけで4トライを重ねた。
試合としては勝負は決した感があり、ハーフタイムに谷杉から「後半はカウンターをどんどん仕掛けていけ。蹴るな」という指示が出る。前半は、相手のキックに対しては、確実に大きく蹴り返していったけれども、僕と大野、そして笠原あたりでのカウンターも試してみようということだった。
その機会は早速、後半のキックオフの後にやってくる。キックオフをキャッチした相手の10番は、大きく真っ直ぐ蹴り込んでくる。僕はそのボールを自陣10mの少し内側でキャッチをする。相手の出足は極めて遅い。蹴った10番がようやく自陣の10mを超えた程度で、右サイドの上がりは随分と緩慢だ。
僕は、右のオープンで待つ笠原を見る。そして、上りの遅い右サイドに向けて一気に斜めに走る。ハーフウエーを超えたところで、まだ相手とは距離があるけれど、トップスピードで近づいてきた笠原にボールを渡す。彼は50m6秒フラットで走る。そのトップスピードで相手のバックス陣の間を吹き抜ける。まるで一陣の風のように。ただ、走るコースが無鉄砲で、「外外!!」という僕の声は届かず、ゴール中央に向かって走ったので、残っていた相手のFWに捕まってしまう。捕まったところのラックから、NO.8の大野が右サイドに持ち出す。外には、僕らは4人、相手は2人しかいない。大野が一人を引きつけたところでその真横に小道がスパッと縦に切り込んでインゴールまで走り抜けた。
この後も何本か、キックに対して僕らは積極的に仕掛けていき、それなりにゲインを続けた。そうなると、相手は今度は蹴ってくるのはやめて、スタンドの周りでゴニョゴニョと攻めようとするのだけれども、そこは僕らの圧力の一番強いところで、あっという間にターンオーバーされていくというような光景が続いた。
詰まるところは、力の差があったということだった。試合は45ー0で、今日は春下に対して全く隙を見せることなく完勝した。事前の練習試合でモタモタしたことが、逆にチームとして引き締まった初戦を迎えるきっかけになったように思えた。
特に、この試合で見せた、僕と笠原のカウンターアタックの強烈さは今までの僕らのチームにはなかったものだった。僕はスピードと人への強さ、そして時にキックも蹴れる。笠原は、圧倒的な加速と、絶対的なトップスピードがあり、スペースを持ってボールを渡すと一人で止めるのは困難に見えた。バックスもFWも縦には強いけれど、アンストラクチャーな展開ではさして見どころはないと思われていたチームに、新しい武器が加わったように見えた。
当の僕自身も、FBというポジションに新鮮な面白みを感じた。常に、試合展開の中で、自分がどこにいるべきかを考えて決定していく必要があること、ボールを持った時の相手との距離感が、センターとは全然違う。なんというか、FBは「頭を使わないとけない」ポジションだった。それでいて、攻撃ではジョーカーであり、ディフェンスでは最後の砦になる。今日は、そういうディフェンスのシビアな場面はなかったけれど、FBというポジションに対して、今まで感じたことのない、自由と責任、を感じた。そして、その感覚は、決して嫌いじゃなかった。