【小説】あかねいろー第2部ー 68)火花が引火して心が沸騰
キックオフのボールはミスキックになり、低い弾道で僕らの右サイドに飛んでくる。回転が不規則で取りにくい。FWもBKも少し躊躇をしていると、ボールはバウンドをしてそのままタッチラインを割っていく。22m付近でマイボールのラインアウトになる。ここからはテリトリーが大事になる。1つのスコアで試合は決まりかねない。常に敵陣にいることが勝機を手繰り寄せる最高の選択だけれど、その最初の一手を僕らは失う。
雨の影響が色濃くなる。ラインアウトのボールを持った一太は、雨にぬれ草まみれになったボールを何度もタオルで吹き上げる。
その甲斐なく、案の定、彼の投じたラインアウトのボールはうまく投入できず、大きく左にずれてしまう。
「ノットストレート」
レフリーが首を振りながら通告をする。
22mのライン上、タッチから15mのところでのスクラムになる。
僕らには迷いがあった。スクラムは絶対に優位に立っている。ここでもしっかり押せるはずだし、このような雨のコンディションになれば、余計にその差はプレーに大きな影響を与える。
一方で、自陣22mだ。相手は必ずすぐにボールを出し、タウファを中心に仕掛けてくるだろう。そのディフェンスに力を入れたほうがいいのかもしれない。
桜渓大付属はそんな僕らの迷いを知ってるかのように、すぐにセットをしてスクラムハーフがボールを入れる。そして、NO.8が何の躊躇いもなくボールを持ち出しサイドをつく。とにかくスクラムのプレッシャーを避けよう、そこからだ、という形をとってくる。
足場の悪い、押し込まれながらのサイドアタックだ。大きなゲインはできない。ポイントもグシャリと潰れてすぐにはボールが出ない。
桜渓大付属は短い、浅いラインを敷いている。この雨でもある。遠くまで回すのではなくて、タウファのところで突破を図っていく。一番強いところで勝負をしてくるのは明白だった。
僕は奥歯を噛み締める。そして小道を見る。清隆を見る。お互いに立ち位置を狭めて、この間を抜かれることだけは避けようという気持ちを確認する。
スクラムハーフから山なりのボールがSOに出る。SOは1歩も前に出ることなくタウファにボールを渡す。
僕とタウファの間は5m弱。
足場も悪い。この距離でクリーンに抜かれることはない。FWもポイントからしっかりカバーをしてくるだろう。インサイドだ。とにかく僕がインサイドを切るんだ。原点を確認する。
ボールを持ったタウファは少しアウトサイドに流れ気味に走る。そして僕の外側、左側、清隆との間をついてくる。僕の体の軸は右によっている。このゾーンは清隆が潰すはずだ。そして、FWもカバーするはずだ。大丈夫。
そう思った瞬間。
僕の頭に雷が落ちる。
一瞬、記憶が飛ぶ。タウファは完全に左を向いたまま、90度のステップを切ってインサイドに立つ僕に正面から加速しながらぶつかってくる。まさに、真正面から。慌てて姿勢を低くしてタックルに入ろうとする僕の頭を、ボールを抱えた両手で強烈に突き飛ばす。僕は必死に踏ん張るが、タックルはパックができない。手を後ろに回せないまま2mほど真後ろに吹っ飛ばされる。
タウファは一瞬減速するも、僕を飛ばした後、そこを乗り越えるように前に出る。
ゴールラインまであと10m。
しかし、さすがにこのエリアはFWから近い。ポイントからカバーをしてきている大野がまずタウファにタックルをする。タウファは左手でそれを跳ね除けようとするも、次に清隆が絡みついてくる。それでも彼は、大きく足をかきながら前進を図るも、あと5mほどのところで倒れる。
桜渓大付属の13番、そしてFW陣が殺到する。僕らのFWも全員がそのポイントに向かい、そして、サイドをケアする。雨もあり、密集では立っている人が少ないというぐらいグタグタの状態で、レフリーも、どれを反則とするか見極めが難しい。ポイントの動きが止まる。ボールが桜渓大付属のSHの足元にそろっと出てくる。
彼はボールを見ながら、右を見て、左を見て、もう一度右を見る。レフリーから「ユーズ」の声がかかる。少し戸惑う。しかし、彼は右に立つ6番へボールを預ける。
6番はほぼ立ったままボールを受ける。そこに浅岡が、一太が猛然と飛び掛かる。100kgを超える肉塊が、文字通り飛んでいく。
2mほどポイントは押し下げられる。しかし、かろうじて6番はボールを生かしてラックにする。
もう一度、ゆっくりとSHが左右を見る。タウファはようやくラインへ戻っていく最中だ。その様子を確認したSHは、もう一度、今度は左に立つ5番にボールを預ける。しかし、そこにも僕らのFWが集中したディフェンスを見せ、逆に彼らを交代させる。低い、地を這うようなタックルを見舞う。今度は大野がボールに絡みつき、大声で「モールモール」と叫ぶ。そこに双方のFWがつっこみ合いもみくちゃになる。しかし、とにかくボールは出てこない。
レフリーが小さく笛を吹く。
「モール」
の声がかかり、右手を真横に開き、僕らボールのスクラムを指示する。
僕は一連のプレーが切れて、ようやくラインに戻る。頭に火花が飛んでいる。目の前がキラキラしてる。
「大丈夫か」
誰かが僕に声をかける。
大丈夫じゃない。僕の頭に飛んでいる火花は、僕の心に着火する。
許せない。絶対に許さない。見事に裏をかかれ、不意をつかれたとはいえ、正面から当たられて捕まえることもできず、真後ろに吹っ飛ばされるなんて、経験したこともない。どんな大きなFWにだってもっと抵抗してきた。
雨の当たる肩のあたりから、湯気を大きく出す。心が沸騰する。体が沸騰する。
「うおっ」
人間なのか動物なのかわからないような声を出し、手をあげる。