#14 Story ①
ご無沙汰しております。
なんならご無沙汰させすぎたかもしれません。
長らくnoteの更新をサボってしまい、申し訳ありませんでした。
今回は、
・noteの無料記事が欲しい‼️
・渡邉龍也の学生時代のエピソードを書いて欲しい‼️
という声を少々頂いたので。
コスパ良く両方叶えちゃいます✨
多分長くなりそうなので何編かに分けて書きますね。
(何編になるかは書きながら決めます笑)
それでは行きましょう!!
Part.1 出生〜小学生編
2000年12月14日
その男児は渡邉家の次男として香川県丸亀市に誕生しました。
家族構成は曾祖母・祖父母・母・兄・🐶・僕です。
バレーボールとの出会い
母がバレーボール経験者ということもあり、
物心ついた時には、ママさんバレーの練習に行くようになってました。
母の背中にひっつき虫のようにくっついて行って、
練習は22:00くらいまであったと思うんですけど
保育園児は寝る時間なので21:00前とかに祖母に迎えに来てもらっていた記憶があります😛
地元のスポーツ少年団に入るのは先のお話。
Part.2 小学生編
小学4年生の時、
「 丸亀南Try - Kids 」というチームに入団します。
トライキッズは今思っても色々凄かったチームです(いい意味で笑)。
何個かエピソードを紹介します
・平日の練習はほぼ無し(大事な大会前はさすがにあったかな?くらい)
・練習試合や遠征以外は土日9:00~12:00の練習のみ
・その上に土曜日はボールを使わないトレーニングが2時間弱ある
・壁倒立1分とブリッジ歩行に苦戦しました😨
・ゾーン1~9の場所を入団翌日に教わる
コートのゾーンなんて高校生にもなって知らないなんて人を多くいたのに、
僕は小4バレー歴2日目にて習いました😊
そう言えば懐かしい写真が出てきました。
バレーとは関係ないんですが、
6年生の時に性格適性による進路調査?みたいなテストがあったんですよね。
簡単に言うとあなたはこういう性格だから将来はこんな仕事に向いてるよ!ってやつが分かるんです。
よくわからんけど(笑)
それで、当時の僕はバレーも楽しくなってた時期だったし
将来の夢に「 スポーツ選手 」って書いて出したんですよ。
返ってきた結果を見たらあらびっくり。
スポーツ選手の適正「無」でした😂😂😂
ほんとに。まじでびっくりした(笑)
さすがにちょっと堪えましたね...😓
でも代わりに教育界・学校の先生の適性が異常なまでに高かったんですよ。
この頃から将来は学校の先生になりたい!!って思うようになりました。
第1編はここまでにしておきます。
次回は中学生編です。
中学生の頃は荒れてはないものの中々好き勝手に行動していたと思います(笑)
お楽しみに。