車に乗って山脇と
山脇に運転を代わったのは間違いだった。
走り始めてすぐにそう感じた。
「かわれかわれ」と私は言い路肩に止めさせ、すぐさま運転を交代した。
下手くそな運転に居合せたのは元カノ以来の事だった。それは山脇の地元にロケハンに行った時の事だ。
ロケ地に到着して、まず山脇の提案で実家周辺を回った。その次に演劇版で登場する質屋シーンの撮影候補地に向かったが、お店は休業日らしかった。
車に乗り込むと山脇から「ウトさん、運転代わりましょうか?」と言われ躊躇する事なく交代する事にした。
東京から、千葉までの運転で少し疲れを感じていたのと慣れ浸しんだ地元の人間が運転する方が最適だと感じたからだ。
「(気が効くじゃないか、これから良いコンビでやっていけそうだ)」と私は心の中でそう思っていた。
運転席に乗り込んだ山脇は開口一番「ウトさん!これどうやってエンジン掛けるんですか?」と言った。
「(まぁ、良くある事だ。レンタカーだから仕方なかろう)」と思っていた。
その後知ったのだが、演劇版「明けまして、おめでたい人」チラシ撮影時にも同じような出来事があったらしい。
地元の友達チームと出演・スチールを担当する青木裕基が山脇が運転するレンタカーで平塚に向かったが、秋元龍太朗は帰り道、独り死の恐怖に怯え平塚から東京まで電車で帰ったらしかった。正しい選択だったと思う。それぐらい山脇辰哉の運転は下手くそで危なっかしい。
毎週、死の恐怖に直面しながら生きた元カノとの日々は決して無駄ではなかったと改めて実感した。
ロケハンも気づけば山脇の思い出の地巡りになっていた。当時の出米事や学生時代の恋人との話を散々聞かされ「ウトさん、あそこです初めてチューしたとこ」と走行中、嬉々して指差す山脇と登場する実際の友達の職場や妹のバイト先に突撃したが結局、誰にも会う事は果たせなかった。
挙句の果てには「ウトさん、あそこ寄って下さい」と寄った先が古着屋さんだった。
手慣れた手つきで掛かっている古着を確認しては「ウトさん、これメルカリで売ったら〇〇〇〇円で売れます。買いです」と随時いらない報告を受けた。
それを見てこれからの映画製作に不安を感じざるを得なかった。そして、
「ウトさん、あれ本当に買わなくて良いんですか?」「うわーやっぱセカスト掘り出し物多いなぁ」と垂れたが持ち合わせも少なかったので適当に断った。
店内を出て車に向かう山脇は「ウトさん、運転代わりましょうか?」とまた言ってきたが当たり前のように私は無視をした。
その後は実際の山脇のおばあちゃんである、ちゃーちゃん家にもおもむき出演して欲しい旨を伝えた。
脚本を渡し少し声に出して読んでもらったりもした。戸惑いはしたものの快く了承してくれた。なんなら私、他の俳優喰っちゃうわよぐらいの勢いでとても頼もしかった。その時、良い映画になると言う予感は確信へと変わっていった。
ちゃーちゃん家を出る際も「ウトさん、運転代わりましょうか?」と懲りずに言ってくる山脇辰哉を私はやっぱり無視した。
帰路、休憩のために立ち寄ったコンビニの駐車場で大方の撮影スケジュールを決めた。
煙草を吸いながら山脇は「髪型どうします?」と聞いてきた。その頃にはマッシュルームカットだった山脇の髪型は短髪好青年になっていた。「明けまして、おめでたい人はやっぱりマッシュルームカットでしょ」と言うと少し不服そうな顔をしたので「なんなら今後、その髪型でやっていった方がキャラも立つし仕事も増えると思うよ」と捲し立てると少し間を空けて「やりますかぁ」と力なく返してきた。
煙草を揉み消し車に向かう山脇辰哉の口から「ウトさん、運転代わりましょうか?」の言葉はもう出てこなかった。
お決まりとなったその言葉を少し待ちびている自分も確かにそこに存在していた。
それは、下手くそなのに運転したいと言う山脇辰哉と元カノの度胸が憧れに変貌していく事に気づいた瞬間だったとも思う。