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”バズったツイート”に共感することしか出来なくなってた

脳死で出来るツイッターの素晴らしさ


Twitterを見ていると、よく"バズる"ツイートを目にする。

この世の大多数に当てはまるが、皆言葉にしきれていなかった気持ちのような内容がよくバズっている印象。

あのいいね♡は共感であったり学びであったり、とにかく自分の中の何かしらの感情と結び付いたものだ。

しかしそこに自分の言葉は存在しない

わたしはここ2~3年ツイッターを始めてから、

自分の気持ちを代弁してくれる都合のいいツールとしてツイッターを利用していた。

とても便利だと思う。様々な人たちがオンライン上で、しかも匿名で意見を交わすことが出来る規模の大きいアプリ、ツイッター。

色々な意見、考えを見ながら自分の視野や価値観が広がっていくのを感じていた。

しかし最近、友人と度々議論を交わす機会が多くなった時に気付いた。

わたしは、自分の考えを言語化出来ない

考えや思いは確かにこの頭にある。

だけど、まず

言葉に出来ない。

筋を通せない。

論理性を保てない。

…致命的だった。

頭の回線と、回線がうまく繋がらないのだ。話が組み立てられない。

わたしはいつのまにか自分の言葉で、自分の思いや考えを主張することが減り、ついには出来なくなっていたのだ。

脳死でいいね♡を押すだけで、何か考えていた気になっていただけだった。

そんなことはなくて、自分の考えは言葉にしなければ伝わらない。

言葉でしか伝えることが出来ない。

それに気付いた時、人よりもたくさん考えを言葉にしようと決意した。













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