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民藝旅 vol.1 山陰・愛媛編 \1日目/【東京→鳥取】

2019年4月8日

くもり空、灰色の東京。赤坂のワーキングスペースで、私は深夜バスを待っていた。

年末にnoteで、民藝について調べる宣言をして、数日後にZOZO TOWNの前澤社長からお年玉として100万円が振り込まれた。派遣社員として自転車操業していた銀行口座に、初めて見る桁数の残高。

やるって言っちゃったから、逃げちゃダメだし。始めちゃったから、とりあえず、やってみるしかない。細々とするつもりだった自由研究が、やいのやいのと、大ごとになってしまった。不安で眉間にシワがよる。私に、できるのかな。

自分を安心させるために、旅の予定を再確認。最初に訪れるつもりでいた、鳥取民藝美術館に電話をかける。すると4月14日までは閉館していることがわかった。

さっそく、やってしまった。

宿題はギリギリまで手をつけない、直前になって大騒ぎをしながら終わらせる自分の性分を恨む。旅程を変更して、鳥取民藝美術館は、旅の最後に訪れることにした。

大丈夫、それ以外は、順調。明日はクリエイターズエキスポで仲良しになった伊吹さんと会う約束があるし、その次の日だって、ツイッター経由で紹介してもらった、小島さんとの約束がある。なんだかんだで、きっと、大丈夫だはず。

東京から鳥取行きの夜行バスが発車するのは、21:30。時間はたっぷりある。

いつもなら「どこどこの展覧会を見て、何々を食べて…」と東京では慌ただしく予定を詰めるのに。今回に限っては、どこにも行きたくなかった。

赤坂のビルから、外の景色を眺める。曇りから、時々はれて、雨になった。机からほとんど動かなかった。情けないくらいに、緊張していた。

18:00。そろそろ、美味しいラーメンでも食べて、ほっこりしよう。4人がけベンチで荷物をまとめていると、ひとりの女性に話しかけられた。

「その荷物、どこにいくの?」

凛とした目に、清潔感のある都会的な女性。素敵なお姉さんに話しかけられてドキッとした。

高層ビルのワーキングスペースに、登山用の大型リュックを背負っているもじゃもじゃ頭。スマートおしゃれピープルが集う空間で、私は確かに浮いていた。

「民藝について調べていて、これから夜行バスで鳥取に向かいます。」

記憶の中では、そう答えたつもりだけれども、多分、現実はもっとしどろもどろだっただろう。綺麗なお姉さんに話しかけられたんだから、仕方がないと思う。

とりあえず、背負い途中だった荷物を下ろす。そのお姉さんは、えみさんという方だった。コンサルタントをしている、と聞いた。


*  *  *


えみさんは博識だ。茶道を嗜み、道の世界を探る。そして、聞き上手なので、するすると凝り固まっていた体から言葉が出た。

「むかしから、日本や世界の民藝品が好きだったんです。それで、ポートフォリオに載せる絵として、民藝品の絵を描いていたんです。でも、民藝って何なのか、よくわからなくなって。それで、“民藝ってなんだろう”というテーマで、自由研究をすることにしました。そしたら、ZOZO TOWNの前澤社長がお年玉をくださって。仕事を辞めて、実際に調査に行くことにしました。」

前澤社長のお年玉企画が当たった、という話はインパクトが大きいらしい。自慢みたいに聞こえるのが嫌で、あまり言わない方がいいのかな、と思った。



えみさんは、旅の目的を聞くと、すぐにパソコンで何かを検索し始めた。

「そしたら、京都に行った時、河井寛次郎記念館を訪れるといいよ。」

えみさんは花火が弾けるようなタイピングで、民藝を知るためのアイディアをくれた。それは、まだ名前も聞いたことがない人、場所、考えの渦だった。波に飲まれないように、必死でノートにメモを取った。

「まず、南方熊楠について知るのもいいかも。彼は、博物学、民俗学、生物学を作った人でね。学問として民藝を見る時、この人の考えは参考になるかも。定期的に展覧会も開かれているから、情報は得やすいよ。それから、杉本博司。この人は建築家。“江の浦測候所”っていう施設があってね、二十四節気を体感できる施設。予約が必要だけど、この人について知ることはアート的な見方ができるかも。“民藝の本質”を探るために。」

民藝を体感する施設、学問、アート。多角的なアドバイスに、考える余裕もない。半開きの口を閉じることも忘れて、ガリガリとメモをとる。えみさんの言葉が止まった。



「あと、これは、参考程度に聞いて欲しいんだけど。」

大切な言葉が生まれる時の、ピリッとした空気が流れた。


“どう”っていうのも、1つの答えかもしれない。


“どう”ってなんだろう? ノートに “動” と書いたら、“道” の方ね、と教えられた。なるほど、“道” か! それで “道” ってなんのことだろう?


「守破離という言葉が、道の世界にはあるね。型を身につけることは、自然体にもどること。“道” の究極の目的は、自然性の再現をすることなの。

型を入れることで、自然に近づく…薄曇りの寒天ゼリーに漂う心地で、耳をすませる。


型を入れることは、自然の再現でもあるの。


型、自然、再現。思考に纏わりつく重たいゼリーをかき分けて、しばらく考える。すると突然、目に光が差した。


そうか、民藝と“道”の型は、同じことなんだ。


とにかく早く、一枚でも多く描けるように簡潔に繰り返し体に染み込ませた「型」は、人の意識を超えて、人を自然の一部にする。極限まで研ぎ澄まされ、簡素化された絵付けや釉薬の掛け方は「型」なんだ。自然に体が動かされるから、作りも自然になっていくのかもしれない。


体の奥から湧き水がコンコンと溢れるように感じる。えみさんの目を見て、私も、“道”は民藝と関係があると思う。と、はっきり伝えた。

これは、民藝を美学的な視点で見たときの、大きなヒントになると思った。

そして同時に、自分は「どの切り口から民藝を知りたいんだろう」という問いが生まれた。美学的な学問か。民藝の定義についてか。現在の民藝の在り方か。私は、分かれ道の前に立っていた。


*  *  *


結局答えは出ないまま。最後に、えみさんに今回の旅をキュレーションブックとして出版するのはどうか、というアイディアをもらった。

新しい考えの切り口と、さわやかな好奇心。まるで、大学のゼミを受けているような心地だった。せめてものお返しに、と納豆味スナックを進呈したら、けらけらと笑ってくれた。

納豆味スナックは笑顔を運ぶお菓子だ。


*  *   *

えみさんと再会の約束をして、赤坂を後にした。

バスの乗り口は東京駅八重洲口だったけれど、新宿バスタだと勘違いしていたおかげで、とても美味しいラーメンを食べることができた。


バスの停留所に向かう途中、雨がどんどん強くなる。

けれど、ほかほかの胃袋と、アイディアでいっぱいの心を抱えて歩くのには、へっちゃら。むしろ、頭から蒸気が出そうなほど、興奮していたので、冷たい雨が気持ちよかった。

21:30バスが出発した。トイレなし、食事なし、エンタメなし。狭くて硬い四列シート。運悪く窓側の席だったので、トイレに行くたびに通路側の女の子を起こさなくちゃいけなくて、エアロフロート航空よりも辛い旅路だった。

そんなこんなで、次回は民藝旅2日目。「鳥取に惚れた日」に続く!

もじゃ!


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東堂 優  ( Yu TODO )
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