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12月3日

2009年3月のある日。大事な話があるからと部下である女性に言われた。普段は陽気でカジュアルに話すのにオフィスの中の個室で真剣な顔で彼女が話し始めた。「先月から風邪をこじらせたと思って病院に行ったらいつもすぐ薬を出してくれる主治医がいなくて代理の先生が念のためレントゲンとか撮りましょうって言うから撮ったんです。そしたら私の肺に大きな腫瘍が。」

そこからはもうお互い泣いてしまった。二人でしばらく泣いてからこれから仕事を休んで治療に専念する相談をした。彼女は前日にお医者さんから病名などを告げられたそうだ。風邪だと思って行ったのにまさか余命宣告を受けるなど知る術もなくひとりで聞いて頭が混乱してなぜか日本食レストランへ行き、食べたくもないお寿司を沢山注文してしばらく眺めていたと言った。その時の彼女の気持ちを考えると今でも辛い。シングルマザーで当時大学生だったお嬢さんを何よりも大切にしていた。

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それから彼女の治療が始まった。治療が終わると仕事にも復帰してまた治療を繰り返していた。ある日、歩くのが困難になってきた彼女は電動車椅子で出勤した。おしゃれな彼女らしい真っ赤な電動車椅子だった。電車通勤の時にウィッグをしてると元気そうに見えるのか助けてもらえなかったからとある日ウィッグも外して出社してみんなを驚かせた。もう休めばいいのにと言う周囲の声を聞きながらも痛み止めを使いながら電動車椅子で彼女は通勤した。今度休んだらもう二度とここに戻ってこれなくなるようで嫌だと言っていた。担当のお医者さんから新薬を勧められてその書類を私にも読んで欲しいと言われた。試験を行うことに関して書かれた膨大な量の書類だった。その時はもう部下と上司ではなく家族みたいな関係だった。業務は変わりなくこなしていても私のことをFavoritism(えこひいき)と陰口を言う社員もいたがそんなことはどうでも良かった。組合にも休みのことなど私から相談していたし、自分が出来ることは全部やると心に決めていた。時間がどんどん迫っているのに新薬は体が全く受け付けず断念した。

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2010年の秋、出勤後おはようと挨拶した彼女の足が異常に腫れ上がっていたのが服の上からでもわかったのでお願いだからとすぐ医者に連絡するように言って帰宅してもらった。その日が最後の出勤となってしまった。自宅に医療用ベッドや呼吸器が運ばれて会いに行くときは一口でも食べれたらと思い彼女の好物を買って会いに行った。

2010年の11月、私は私用で2週間日本へ行くと彼女に伝えた。どうしても出席したい法事などがあったからだ。とても不安そうだったので私の不在中は事情をわかっている私のボスがお休みのことなどいろいろヘルプしてくれるからと伝えたが彼女はなんだか悲しそうだった。後ろ髪をひかれながら日本へ行った。頼まれたお土産を買おうと思って降り立った名古屋駅で一瞬だけものすごく強い風が吹いた。あの時、突然吹いた風を今でも忘れない。

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日本から戻った私に彼女の日本のご家族から毎日電話がかかってきた。闘病中に一度お父様はアメリカにいらしてお会いしていた。高齢のご両親には葬儀に出席することが難しいと言われ、お母様からどうか自分の書いた手紙を私に読んで欲しい言われた。彼女の元ご主人のお母様からも連絡が入り葬儀の件で私はちょっと板挟みになってしまった。元ご主人のお母様は孫である娘さんのサポートを彼女が入院中からしてくれていた。私は娘さんがいくらもう大学生とはいえ、一人ぼっちにならなくて本当に良かったと思った。亡くなる前、まだ元気な間に彼女はその昔大喧嘩した元義母と葬儀屋さんに行き、葬儀の段取りと支払いをして棺桶まで選んでいた。「義母はさあ白にしろって行ったけど私が入るんだから私が決めるって棺桶の中敷は金色にしちゃった」と笑っていた彼女。「来年5月娘の卒業式は一緒に行ってくださいね。リムジン出しますから」と約束もしていた。葬儀では彼女が希望した『千の風になって』を流した。義母様に頼まれて英訳してある歌詞も探してお渡しした。

葬儀から数週間後に冬休みを利用して娘さんが半分だけ遺灰を日本に持って行くと聞いたので夫と私は空港までお見送りに行った。日本式の白い布で覆われた箱を想像していたら日本へ持ち込む際に必要な書類が貼られた小さな茶色い箱を片手に持って娘さんが「ハーイ」と現れた。一緒に朝食を食べてコーヒーを飲んでから「どうもありがとう。じゃあ行ってきまーす」「行ってらっしゃい。気をつけて」とお互い笑顔で手を振った。いつも陽気だった彼女。残された私たちがメソメソ泣いたり、湿っぽいことは望んでないだろうからこれでいいと思った。

あれから10年。娘さんは頑張って大学院まで出て就職して結婚もされている。彼女の命日は2010年12月3日。不謹慎って思う人もいるかしれないけど0-1-2-3覚えやすいでしょと陽気な彼女が私のこと忘れないでねって言ってるような気がした。

この世で私はたまたま彼女の上司だったけどもしあの世があるとしたら彼女は大先輩だ。いつかそちらに行ったら先輩ご指導よろしくお願いします。


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