あれれ郵便やさん   中川一之 作  

郵便局を舞台にしたショートショートです。郵便局の「あるある」をご賞味ください。

第一話 あんた、どんくさいね

M男は郵便局でアルバイトを始めた。軽四輪車で小包のゆうパックを配達する仕事だ。出社すると番台の課長から注意事項を聞き、無事故運転の訓示を伺い、終わると作業場へ降りてやっと仕事だ。カゴ車に満載された大中小の小包を一個一個地図とスマホを交互ににらみながら配達先を特定する。それがすんだら配達順路ごとに並べたり台車に積んだりと忙しい。

準備を終えると軽四へ積み込みだ。郵便局では真っ赤っかのこの軽四を「あかしゃ」と呼んでいる。モノを積んで走るだけの機能しかないこの配達専用車で日に八〇個ほどを届ける。ベテランならもっといくだろうが新米には多すぎる数だ。内容品はいろいろだ。大半が通販ものだが、親から子への個人間のやりとりや会社間の物品書類などに大別される。食品、雑貨、植物、液体、精密機器、動物、血液、検体などなどさまざまだ。

何が嫌かって? やはり階段しかないアパートやマンションの配達だ。十棟、二十棟と林立する公団なんかに当たるとげんなりとする。高齢者宅は耳の遠いお爺さんお婆さんがいるし敬遠したい。土足厳禁のいちいち靴を脱いで上の階に上がらなければならない事業所もごめん被りたい。学校も面倒だ。駐車場から職員室まで長い廊下を歩かなくてはならない。オートロックマンションはいい時と悪い時半々だ。留守で宅配ボックスにポンのときは楽勝だがボックスは宅配各社の取り合い。空きがない時はがっかりだ。最高に楽ちんなのは一戸建て住宅で道路に玄関が面しているような家。チャイムを鳴らすとすぐ出てくれる家だともっとありがたい。配達の小包も軽くて小さなものだったらもっともっとありがたい。

 午前中、茶色の紙の袋で至極軽いおそらくどこかの通販商品を小綺麗な一軒家に配達した。最近できた新興住宅街でベージュの壁にチョコレート色の屋根をかぶせた似たような色形の家がずらりと並ぶ一角。配達品はA4サイズを一回り大きくしたサイズ。手に持った感覚では通販の中身のボリュウームは袋の半分ほどだ。カーポートには紺色のミニクーパー、玄関脇にこぎれいな花壇としゃれた雰囲気を醸す家だった。

チャイムを押すとかろやかな音色が広がった。ややあって明るい声の返事がインタフォンから流れてきた。

「河津郵便局です。ゆうパックのお届けにあがりました」「はーい」と屈託ない返事が聞こえた。

ドアが開いて若く見える女性が出てきた。この家の奥さんなのだろうか。小顔にボブカット、目もくりっとした美人だ。白のブラウスの胸元も妙に盛り上がっていて色気むんむんだ。

M男はすでにどぎまぎしていた。サインをもらうために配達証の部分を袋から剥がそうとしたとき、抱えていた紙袋を左手でぐしゃっと鷲掴みにしていた。M男は鷲掴みにしたとき手のひらにふにゃっとした感覚を覚えた。奥さんは露骨に嫌な顔を表した。

「これにサインか判子をお願いします」M男は剥がした四角い紙片を手渡した。奥さんの方はむっとした顔付きで判子を押すとつっけんどんに紙片を返して寄越した。目つきが怖い。

「もう少し丁寧に扱ってくださいね」袋をはやく寄越せと手を突き出している。

「えっ?」

「どんくさいわね」と彼女はM男からひったくるように袋を受け取ると言葉もなく中に入りドアを閉めた。玄関には鍵が閉まる音があからさまに響いた。

局に帰ってこのことを先輩のK子に話した。彼女は河津郵便局にもう10年も勤めている姉ゴだ。

「その袋だとランジェリー専門のY社のよ」

「えっ?」

「あんたほんま、どんくさいね」        

                        (了)

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