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【ぶんがQ】特捜部Qに登場するシェイクスピア作品
「ぶんがQ」は、特捜部Q作品と他の文学作品を絡めて考えたことを綴った記事です。
なおここでは「Q」をデンマーク語読みして「ぶんがク」と読んで頂けると嬉しいです
英語圏の文学作品を読む際、聖書と並んでシェイクスピアの知識は必須と言われている。
例えばシャーロック・ホームズのシリーズにはたびたびシェイクスピア作品からの引用やオマージュ?が登場するし、赤毛のアンやアガサ・クリスティ作品にもシェイクスピア作品に言及している部分がある。
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『赤毛連盟』に登場するダンカン・ロスの名前は
シェイクスピア作品『マクベス』に出てくる
「ダンカン」「ロス」に由来すると考えられる。
(画像: パブリックドメイン)
ところで、デンマーク人作家によって書かれた北欧ミステリー「特捜部Qシリーズ」にもシェイクスピア作品の名セリフに言及している箇所があるのをご存知だろうか。
それは『特捜部Q - Pからのメッセージ -』冒頭。コペンハーゲン警察警部補のカール・マークが休暇を終え特捜部Qに戻ってくるシーン。
久々の職場復帰で賑やかに迎えられるかと思いきや 部屋はもぬけの殻。
そこで ありったけの声を出して部下の名を呼んでみるも、返事は無い。
ここでカールは思う。
この状況は、まるで
"馬と引き換えに我が王国をやろうとか言ったリチャード三世だ"
と━━。
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◇
ここの元ネタは、シェイクスピア作『リチャード三世』の中のこちらの台詞である。
A horse, a horse, my kingdom for a horse!
馬だ! 馬だ! 王国をくれてやるから馬をよこせ!
シェイクスピア 河合祥一郎/訳
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public domain / Wikimedia Commons
この台詞が登場するのは、物語のクライマックス。
ボズワースの戦いの中で落馬して絶体絶命のイングランド国王リチャード三世が、最後の悪あがきをするシーンである。
しかし、これまで悪行の限りを尽くして王座についた彼の運命もここまでだった。
この台詞を最後に芝居の場面が切り替わり、リチャード三世は遺体へと変わり果てる。
つまり「馬だ!馬だ!…」は、虚勢を張ってみたものの何の意味も無い、虚しい叫びだったのだ。
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リチャード三世。
Public domain / Wikimedia Commons
特捜部Qの主人公カールも、久々に職場復帰を果たした自分の声に対して、誰からも返事がない状況だった。
この残念な状況から、自分とリチャード三世を重ね合わせたのだろう。
◇
さてこのリチャード三世だが、シェイクスピア作品の中でも指折りの悪役である。
ウソの話をでっち上げて実の兄をロンドン塔(監獄)に送り,
敵の妻を言葉巧みに籠絡、
邪魔な存在の貴族を次々に処刑、
幼い2人の王子を幽閉etc……
と悪行の限りを尽くして王座についた人物。
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unsplash より
ちなみに実在した王様だが、時の君主エリザベス一世のご先祖の敵にあたる為,シェイクスピアの芝居の中では 必要以上に悪く書かれている面はあるようだ。
◇
というわけで、実際のリチャード三世がどれほどワルだったのかという点はさておき。
ここで注目したいのは,コペンハーゲン警察の警部補カールが自らを悪人の代名詞リチャード三世に重ねている点だ。
カールは元々その職業に似つかわしくない偏屈な人物である。
コペンハーゲンにある老舗の遊園地を見れば,学校行事で訪れた際メリーゴーランドに乗った全員が酔ったことを思い出し,
ノルウェーから来た客人の前では堂々とデンマーク語を喋る。(※ノルウェーの公用語はノルウェー語)
ウマが合わない同僚も1人や2人ではない。
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メリーゴーランド。
pixabay より
これまで特捜部Qシリーズを読んでカールの人となりを知っていて,かつリチャード三世も読んだことがある読者であれば、冒頭でご紹介したシーンは「あ〜カール相変わらずひねくれてるなあ」と思う場面なのだ。
◇
…と偉そうに書いたが、ストーリーとは無関係な箇所なのでシェイクスピアを知らなくても全く問題なく読み進められる。
冒頭で
“英語圏の文学作品を読む際、聖書と並んでシェイクスピアの知識は必須”
と述べたが,北欧ミステリの特捜部Qに関しては知っていればちょっと面白い程度の話。
高い敷居があるわけではないので、どうぞご安心を。
《おまけ》
イギリスの子供向け歴史番組より。
“シェイクスピアが書いた自分の姿はでっち上げだ,馬をよこせなんて言ってないぞ”
と身の潔白(?)を主張するリチャード三世の歌。
それだけ悪者リチャード三世および馬をよこせのセリフが英国では定着しているということなのだろう。
参考
新訳 リチャード三世 (角川文庫)
河合祥一郎訳/2012.6.25
決定版 快読シェイクスピア (新潮文庫)
河合隼雄、松岡和子/ 2018.3.28