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ハプスブルク家の晩餐会メニューから見る、華麗なる歴史
はじめに
今回の主役は、フランツ・ヨーゼフ1世─シシィこと皇后エリザベートの夫にあたる人物です。
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いつも気になるのだが、顔周りのピロピロは
もみあげなのかヒゲなのか
ミュージカル・エリザベート2022-2023で、田代万里生さんと佐藤隆紀さんがダブルキャストで演じていらっしゃいます。
68年の長きに渡ってオーストリア皇帝を務め、ハプスブルク王朝が終わる2年前に亡くなりました。
いわばハプスブルク王朝の黄昏を生きた人物ですが、その食卓をのぞいてみると、かの王朝の華麗なる歴史が見えてきます。
◇
本記事では、Royal Menusの情報を元に 1869年3月11日 ホーフブルク宮殿(ウィーン)にてフランツ・ヨーゼフ1世主催で行われた晩餐会メニューから、ハプスブルク家の歴史を紐解いてみたいと思います。
晩餐会のゲストになったつもりで、一緒に楽しんで頂ければ嬉しいです!
↓ホーフブルク宮殿のダイニングルーム↓
May your Sunday be as bright as the dining room in the Imperial Apartments! 😉
— Sisi Museum • Hofburg Wien (@sisi_museum) May 1, 2022
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フランス語のメニュー
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画像は、Royal Menus掲載のメニューカードに書かれていた文字のコピー。
フランス語で書かれています。
(詳しい内容は後ほど解説します)
晩餐会が開かれたオーストリアの公用語はドイツ語なのに、何故メニューはフランス語なのでしょうか?
◇
実はこのスタイルが採用されたのは、女帝マリア・テレジアの時代なのだとか。
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ひいひいおばあさんにあたります
と言うのも、彼女の夫はロートリンゲン(現在のフランス・ロレーヌ地方)出身。
婿入りの際多くのフランス料理人をウィーンに連れてきたのですが、彼らが作る料理が女帝の気に入るところとなったそうです。
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オーストリアとフランスは、長年領土争いをしてきた宿敵同士。
しかし好奇心旺盛な女帝は これまでの慣例を破り、フランスの料理や食事スタイルをどんどん取り入れました。
その取り組みのひとつが「メニューのフランス語表記」だったわけですね。
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◇
さてここからは、先にご紹介したメニューカードから ハプスブルク家の歴史が透けて見える3つの料理をピックアップしてみましょう。
ポタージュアラロワイヤル
チキンコンソメに「ロワイヤル」と呼ばれる卵豆腐のような浮き実を浮かべたフランス料理。
これもおそらくマリア・テレジアの「ウィーン宮廷料理フランス化計画」の一環としてもたらされたものと推測されます。
↓これがロワイヤルだそうです。↓
なんかびmyo…(ゲフンゲフン)
Practicing Consommé Royale
— Abhinandan Mukherjee 🇮🇳 (@ChefAbhinandan) November 24, 2019
.... pic.twitter.com/za6sn7Up7d
リソールアラモデルネ
リソールとはひき肉などのフィリングをペストリーやパン粉で包み揚げ焼きした料理。
ここではパイ生地にフォアグラのピュレを詰めて焼いた料理だそう。
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Dessert of pear compote backed
Marc LE PRINCE • CC BY-SA 3.0
Wikimedia Commons
リソールはイギリスやフランスなどあちこちの国にある料理だそうで起源は分からないのですが、ここで注目したいのは中に詰められたフォアグラ。
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個人的にフォアグラ=フランス料理のイメージだったのですが、実はハンガリーの名物だそうです。
◇
ハンガリーは長らくハプスブルク帝国の領土のひとつでした。
食材に恵まれた土地で、「オーストリアの台所」と呼ばれていたとか。
しかし今回取り上げている晩餐会の2年前に、オーストリア=ハンガリー二重帝国が成立。
この時ハンガリーの自治権拡大が認められ、同国内におけるハプスブルク家の影響力は弱まります。
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ハプスブルク家を表す双頭の鷲ドーン!から
ハンガリーを表す天使、その他帝国を構成する
地域の紋章が追加されたデザインに。
とは言え、ハンガリーの豊かな食材は依然として帝国の食卓に影響を及ぼしていたことが伺えますね。
フランドル風ビーフ
解説によると、ビールやハーブ、玉ねぎで煮込んだ牛肉。おそらくベルギーの伝統的な家庭料理・カルボナードの事だと思われます。
アサヒビール公式HPにレシピがあるのですが、とろとろになるまで煮込まれた牛肉はビールや赤ワインに合うとか!(じゅるり)
◇
フランドル地方は、現在のオランダ、ベルギー、フランスの一部にあたる地域。
1477年にハプスブルク家のマクシミリアン1世がこの地域を治めることになり、1795年フランスに併合されるまでハプスブルク家の支配下にありました。
この300年余りの支配期間のどこかで、ウィーン宮廷に伝わったのでしょう。
※※※
16世紀のヨーロッパ。
黄色と赤い地域がハプスブルク家の版図。
フランス右上、ネーデルラントの"ネーデ"周辺が
フランドル地方にあたる。
↓
16世紀なかばのヨーロッパ詳細版
— 世界の歴史まっぷ (@joe___yabuki) May 15, 2018
(更新)#無料ダウンロード #世界史 #歴史地図 https://t.co/CIjEN8Fhvq pic.twitter.com/WvnIWtNDvd
おわりに
この晩餐会を主催したフランツ・ヨーゼフ1世、実はあまり食への関心が高い人物ではなかったそうです。
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なんて時もあったとか。
当時はハプスブルク家の栄光に翳りが出てきた時代ということもあってか、「料理が冷えている」「固い」等と辛口な評価をする招待客もいたのだそう。
とは言え、メニューを一つひとつ見れば ヨーロッパのあちこちにそのルーツが見られ、ハプスブルク王朝の長きにわたる繁栄の歴史が浮かび上がってくるように思いました。
最後に、晩餐会の全メニューと解説を載せます。
興味のある方はご覧ください。
ポタージュ/スープ
ポタージュ・ア・ラ・ロワイヤル
(ロワイヤル入りチキンコンソメ)
オードブル/前菜
鶏肉マヨネーズ ラヴィゴットソース添え
(ケッパー、マスタード、ハーブ、白ワイン、
子牛のストック、エシャロットから作られた
マヨネーズを添えた 鶏むね肉の茹でたもの)
リソール・ア・ラ・モデルネ
(パイ生地にフォアグラを詰めて焼いたもの、
蒸し煮したレタスを添えて)
ルルヴェ/味を引き立てるもの
(先に出した料理とは異なる味付けの料理)
牛肉のフランドル風
(牛かたまり肉をビール、玉ねぎ、
ハーブで煮込んだフランドル風料理)
アントレ/メイン
(古典フランス料理の場合)
プーラード・ア・ラ・セレスティーヌ
(マッシュルームとトマトと一緒に焼いて
コニャックでフランベした若鶏、
リヨンにあるレストランのオーナーにちなんだ
名のパセリとパウダーガーリックを添えて)
バターとパセリと和えたベビーピース
(青臭くないグリーンピース)
ソルベ/口直しのシャーベット
ロティ/ロースト料理
ノロジカの腎臓の串焼き
アントルメ/甘い菓子
シュー生地にチョコレートアイスを詰めたもの
パイナップルゼリー
ポーチドフルーツ
グラス/アイスクリーム
デセール/デザート
【余談】
メニューにある鶏料理はフランツ・ヨーゼフの、ノロジカは皇后エリザベートの好物だったらしいです。
(エリザベートはジビエ料理を低カロリーと考え好んで食べていたのだとか)
◇
本日もご覧下さり、ありがとうございました。
※追記※
本記事で、100本目達成とお知らせが来ました。
いつも読んで下さる皆様のおかげです、本当にありがとうございます😭
近頃note活動が少なめですが、これからもよろしくお願い致します!
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参考
トップ画像: unsplash
・Royal Menus
《 1869 DINNER AT HOFBURG PALACE FOR HIS IMPERIAL & ROYAL APOSTOLIC MAJESTY FRANZ JOSEPH OF AUSTRIA - HUNGARY 》
・みんなのきょうの料理
《 ロワイヤル風スープ 》
・Wikipedia
《 rissole 》
・ハプスブルク家の食卓 饗宴のメニューと伝説のスイーツ (新人物文庫)/KADOKAWA/2012.5.31