《1/4》チャールズ3世は300年前に存在していた⁉︎
全4話中の第1話です。
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去る2022年9月8日、ウィンザー朝第4代女王であるエリザベス2世が崩御。
長男がチャールズ3世として新しく国王に即位した訳なのですが…
実はWikipediaにこんな人がいるんです。↓
一体ぜんたい、彼は何者なのでしょうか?
2000字程度の記事×4回に分けて、この謎に迫ります。
基本情報
名前はイギリスっぽいのに ローマ生まれ?
実は彼の祖父、元イギリス国王なのですが「名誉革命」と呼ばれる革命によってイギリスからヨーロッパ大陸に亡命を余儀なくされた人物なのです。
祖父の廃位〜誕生まで
祖父の亡命から簡単にお話ししましょう。
宗教上の問題などから議会と揉め、名誉革命が起こってイギリスにいられなくなった祖父。
いとこにあたるルイ14世を頼って、生後5ヶ月の息子(チャールズ父)を連れてフランスに渡りました。
祖父は13年後に亡命先で死去。
やがて庇護者であったルイ14世も亡くなり、チャールズ父はフランスと同じくカトリック圏の教皇領ローマへ。
そしてチャールズが誕生したのです。
プロパガンダ絵画
ここで、スコットランド国立肖像画美術館所蔵の、チャールズが洗礼を受ける場面を描いた絵画をご紹介しましょう。
\ ジャジャン /
豪奢な部屋に多くの人が集まり、恭しく抱かれた中央の赤ん坊(チャールズ)に注目しています。
特筆すべきは、絵の大きさ。
なんと縦243.90×横350.30cmもあるそうです!
ただの亡命王族の孫にしては、扱いが大きすぎる気がしませんか?
ジャコバイト希望の星
実はチャールズ祖父・父共に、剥奪された王位を大人しく諦めた訳ではなく「ジャコバイト」と呼ばれる彼らの支持勢力と共に玉座を取り戻そうとしていたのです。
スコットランド国立肖像画美術館のホームページには、チャールズ誕生の絵について
「グレートブリテンとアイルランドの王位継承者であるチャールズ・エドワード・ステュアート王子の洗礼」
と書かれており、チャールズこそが王位を継承する者であるとしています。
◇
ただ実際のところ、ジャコバイトの反乱はなかなか上手くいかず。
チャールズが生まれた頃には遠い親戚であるハノーファー(現在のドイツの一部)出身の人物が英国王をつとめる屈辱的な事態となっていました。
そしてイギリスへ
そんな訳で、この世に生まれ落ちた瞬間から王位奪還の使命を背負っていたチャールズ。
そんな彼が立ち上がったのが、1745年─24歳の時でした。
続きます。
果たしてチャールズは祖父・父の悲願を達成し、「英国王チャールズ3世」となれるのでしょうか…⁉︎
続きはこちら↓
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参考
・Wikipedia
《 ジェームズ2世 (イングランド王) 》
《 チャールズ・エドワード・ステュアート 》
・nationalgalleries.org
《 The Baptism of Prince Charles Edward Stuart 》
・YouTube
nationalgalleries
《 Tour of The Visual Culture of the Jacobite Cause 》
・肖像画で読み解く イギリス王室の物語 / 君塚直隆 著/2010.9.20 (光文社新書)
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