さらば、皿洗いの日々
その日私は朝からウキウキしていた
大人になってからウキウキすることなんて滅多にないが、その日は本当にウキウキしていた。
なぜなら我が家に食洗機がやってくるからだ。
食器洗いは苦痛だ。
手は荒れるわ、服に水がはねてびしょびしょになるわ、ガンコな油汚れにはイライラするわ。更に(皿だけに)洗剤で手が滑りお気に入りの皿を割ってしまったときの衝撃は計り知れない。
食洗機導入の野望はむくむくと膨れ上がり、抑えられなくなった頃、思い切ってボーナスで購入することにした。
善は急げとボーナス後の休日、早速近所の家電量販店を見行った。都市部にある大規模な家電量販店と比べると種類も少なく、価格も若干お高めではあったが、日付指定の追加料金なしで配送と取り付けをしてくれるとのことだ。
即契約して制約記念に箱ティッシュももらった。なんてことないティッシュ だが、そのときは高級ティッシュ のように光って見えた。
食洗機の取り付けは平日のみだったが、日付指定できたので、合わせて仕事も休みを申請した。
上司がその日休みを取りたかったとネチネチ言ってきたが、食洗機への熱い思いを伝えたところ、あまりの熱意に若干引いたのだと思う、許可してくれた。私の食洗機にかける思いは誰にも邪魔することはできないのだ。
そして待ちに待った当日、予約した時間通りに食洗機と取り付け業者さんがやってきた。
なんだか熱い思いが込み上げてきた。
これでようやく我が家は皿洗いから解放される。
さよなら、手荒れと辛かった日々。
そんなことを考えながら業者さんが、取り付け作業を始めるのを熱い眼差しで見守っていた。
ところが、しばらくすると
『あれ?』
『この水道に分岐水栓をつけるために、ネジが必要なんです。近しいタイプのネジを持ってきたんですけど、ネジがはまらないですね。』
あまりの衝撃によく理解できなかったが、すぐ、とどめの一言が発せられた。
『これ、食洗機つけられませんよ。』
ショックのあまり、しばらくフリーズした。
つけられないってなに?
そんな私をみて気の毒になったのか
『工事をして、横から新しい水道を増やしたらどうです?』
と提案されたが、我が家は賃貸だ。
しかも会社の借上社宅なので、勝手なことはできない。
だが、ここで諦めたら試合終了だ。
ネットで『分岐水栓 取り付けできない』を検索した。
なんだ。取り付けできるホースとかあるじゃないか。
これにしよう、これ!
『こんなのありますけど』
『あー、これね。』
『うちではこういったの、取り付けたことないですね。こういうの使いたいなら他の業者をあたってください。』
田舎はつらいよ。他の業者というけど、田舎にはそんな業者、そもそもめったにいないんだよ。
取り付け前だったので、返品はできた。
購入費用は全額戻ってきた。制約記念のティッシュ箱も一緒に戻っていった。
ショックのあまり、その日はぐでたまのようにぐでっとしていた。
おさらばするはずだった皿洗いをまたしなきゃならない。これからしなくていい、と思っていたものをまたしなきゃいけないから余計ダメージが大きい。
もう、しばらく立ち直れそうにない。
翌日会社で食洗機が取り付けられなかったことを話した。
すると、
『別の取り付け業者を探すより、資材部のAさんならそれできるんじゃない?』
『お昼ご飯とかご馳走したらやってくれるかもよ!』
しばらくはAさんの好物をリサーチすることになりそうだ。