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過酷未来のマナー講師-皆殺し編-《第49話前編:Manners of Corpse》


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大阪の中心であり、中枢部である中央庁舎は縦方向にも大阪を繋いでいる。

【エグゼクティブ】達が都市の意思決定をする場、大阪の頭脳そのものといえる『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』は、複合巨大都市大阪の5階層に存在している。ここより上は第6階層、そこは【エグゼクティブ】階級のみが暮らす地上の楽園である。優れた施設、豊かな自然、良い住環境、溢れんばかりの富が存在していた。

そして支配者たちはこの会議室で、下々の市民達に命令を決めたりしている。普段は。

この日、大阪では連鎖的に暴動や武装蜂起が起こった。あちこちに火の手が上がり、テロ組織『ビリケニズム』のゲリラが大阪の情報を一手に担うサーバー施設へ攻撃を行い、必死になって警備隊が防衛にあたっている。

それらの様子は『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』の巨大モニターに映されている。【永世知事】【超国家指導者】【日輪の皇子】という3つの異名を持ち、豊臣秀吉の直系子孫を自称する豊臣・ドミナント・秀吉は、その表示を苦々しい表情で見ていた。

「ホンマ、役立たずどもばっかりやんけ!!!」

豊臣・ドミナント・秀吉は支配者らしい高貴な言葉(関西弁)で怒鳴った。見ればモニターには、いくつかの支配者のエントリーネームに『死亡』の文字が浮かんでいた。

武装警察責任者 【人権蹂躙警察署長】曽根崎陣中 [死亡]
研修公社CEO 【浪花の重火器快男児】ストライカー蛮 [死亡]
公認暴力団総組長【仁義なき人喰い組長】喰い倒れ任侠 [死亡]
爆笑処刑秘書長 【面白い恋人】マダム花月 [死亡]

「こんな事やったら、あいつらまとめて『自己責任会議椅子射出ロケット』で責任取らせとくんやったでぇ!!!」

このような時に大阪治安維持四天王が悉く死亡しているのだから、豊臣・ドミナント・秀吉が怒るのも無理はない。反乱を警戒して大阪市内には軍隊を常備しておらず、周辺の基地に配備してある。そのため軍による対処が未だできず、文民による対処しかできない。迅速を旨とするドミナントは不手際を怒ったのである。おそらくこの怒りはあとで責任者の釜茹で刑で支払われることになるだろう。

「大丈夫ですわ秀吉はん。【死体愛好家】ドクター梅田がここの警備用に一体新型を送ってきてくれてますわ。安心して第六階層に戻りまひょ」

このように答えるのは会計監査担当長官の【非人道的効率主義者】石田三成・ジ・オーバークロックである。

「大丈夫やてヒデヨッさん。すぐにヤオ基地・シノダヤマ基地・イタミ基地からフル装備の30個師団がきよるわい。ゲリラなど正規軍には勝てぬよ。それにわしらには奥の手もあるんやで。なんせ『情報提供者』がおるんや。彼女に任せとけば、完璧やでヒデヨッさん」

そのように答えたのは、【全自動未亡人製造マシン】軍事責任者のメタルブラック官兵衛Ⅱだ。大阪の軍事力全てを預かる隻眼の猛将として名高い。彼がいなければ大阪はとっくの昔に大都会オカヤマ、名古屋トヨタ・インダルトリアルエンパイア、京都オイデヤス&オコシヤス主義人民共和国といった敵性都市に征服されていたに違いない。

「情報提供者やて?」

「せや。おい、入ってもらえ」

メタルブラック官兵衛Ⅱが声をかけると、一人の研修公社の制服を着た女が入ってきて、敬礼した。

「彼女が色々と情報を流してくれたんや。なんでも上司がテロ組織『ビリケニズム』の幹部やったとしって、せめて自分の手で止めたいんやと。泣かせる話や。研修公社の鑑やで。部下のマナー講師にテロリストを出すという前代未聞の不始末の末におっ死んだストライカー蛮はんも地獄で喜んでるやろ」

「ほう、さよか」

「それにでっせ、秀吉はん」

威厳のあるメタルブラック官兵衛Ⅱの話に豊臣・ドミナント・秀吉が納得しかけたのを見て、石田三成・ジ・オーバークロックは追加で畳みかけた。

「第六層の守備は完璧ですわ。C4爆弾でも爆破できず、物理・電子併用キーにより、内側と外側、両方からロックできますんや。ハッキングでも入れまへん。ここは官兵衛はんの話に乗りまひょ」

「せやな」

大勢は決まった。豊臣・ドミナント・秀吉は、『情報提供者』をじっと見る。本当に信用できるか。秀吉は人物鑑定には優れた力を有している。

「わかったわ。ほな、謀反人の対処は頼むで。必ず生け捕りにするんや。わしが直々にテレワーク尋問してから釜茹でにするさかいな。ええな」

強い口調で、『情報提供者』に言った。

「はっ!」

『情報提供者』は大阪式敬礼で返す。

「それと、終わったらわしが直々にかわいがってやるわ。【パブリック・エネミー】階級の癖に、ええ身体しとるやんけ」

豊臣・ドミナント・秀吉は好色かつ精力絶倫な事でも知られていた。

Bbvvvvvvvvvvvvvnnnnnn!!!

7.62x51mmの嵐が跳弾も気にせず、大理石の廊下を暴れる。

『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』へ向かう通路には最後の抵抗をするかのように、残存警備員達が待ち構えていた。

壁でカバーをしつつ、俺はスーツに付属する手榴弾を投げつけた。

カン……カン……

途端に溢れる悲鳴、叫び声、勇敢な男が飛び出た。

「手榴弾を投げられたときのマナー、基本は投げ返す。間に合わないときは身体で覆い仲間を護る。そこまでは合っている。ただし……」

職業柄、どうしても解説してしまうのは悪い癖だ。

KABOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!!!!

閃光と熱風が通路に溢れた。悲鳴、倒れる兵士。破壊が収まってなお生き残った奴の脳味噌には素早く9mmをぶちこんでやる。

「殺傷半径が10mを超える違法改造攻撃手榴弾であるなら無意味だが」

排除が成功した以上、ここに長居する意味は無い。以前は『公社の犬』であった自分が、今は再び『都市の敵』となり、テロリスト『ビリケニズム』の首魁なのだ。別動隊はすでに動いているだろう。俺も自分の為すべきことをしなければならない。

『市民』と刻印された旧型の時計(通信機能なし)をちらりと見る。目標時間まであと10分、それを超えてしまえば、この最高にバカげた作戦は無意味になる。俺は床を蹴って走り出した。事前に入手した内部地図によれば、この先は全ての情報コンソールが集まる『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』前のホールになっている。もちろん俺ですら入ったことはない。

通信室をちらりと見る。モニターにはサーバー施設をの戦闘ログが映し出される。

残存警備兵:210人 敵テロリスト:約190人
警備兵2人重傷 8人死亡 敵テロリスト10人射殺

想像通り膠着している。俺が最後の一手を決めなければならない。

駆け込んだホールには無数の銅像が建てられている。スターリン、ヒトラー、毛沢東、ポル・ポト、トルーマン、マリリン・モンロー、聖徳太子、真田幸村、そして豊臣秀吉など偉大な支配者として名高い人物の銅像だ。頭上には豪奢なシャンデリア、床は赤絨毯が敷き詰められ、大理石のテーブルセット、釜茹で刑用の純金製大釜など贅が尽くされていた。

ガシャァン!!!

突如目の前のシャンデリアが崩れ落ちる。ガラスの破片が飛び散る。俺は顔面を腕で防ぎながら、後ろに飛び退く。こんな所にも守衛か。そう身構えた瞬間、懐かしい人影が見えた。

懐かしい。あの日の朝と同じ愛らしい顔。だがその顔に表情は無く、身体には何も身に着けず、全身がつぎはぎの痕だらけで、青白い肌をしており、ロングヘアは肩までの髪に切り揃えられ、特徴的な大きな瞳は虚ろな輝きを放っていた。

「ワコ!?」

「…………」

彼女は何も答えない。姿は大きく変わっているが、間違いなくそれはあの日、嬲り殺しにされたはずのワコだった。

突如、空中にホログラム映像が映し出される。

『御機嫌よう。初めまして、サダオ・ウミノくん。懐かしい部下との感動の再開、いかがかな?』

血の付いた白衣、原爆のキノコ雲型の冒涜的な髪形をし、星型のレンズをした眼鏡をかけた醜悪な老人の姿が映し出された。【倫理観が虚数】【白い万魔殿の主】【現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ】【ダ・ヴィンチに失礼】、そして【死体愛好家】という5つの異名を持つ首都大学大阪学長であるマッドサイエンティスト、ドクター梅田だ!

「馬鹿な!ワコは死んだはずだ!」

『そうだとも……彼女、ワコ・モリヤマは死んだ。サダオくんの無能な仕事のせいでね。だが安心するといい。万能の天才である私がバイオ、ケミカル、アトミック、マジック、メカニック、そしてバイオの技術の粋を経て、ネオ iPS細胞を利用し、再びこの世界によみがえらせたのだよ!!!すなわち、科学的ゾンビーとして!!!』

「なんだと……よくもワコの身体を弄んでくれたな!!!」

『全くわからない感情だ。【コモン】以下の遺体はすべて私の研究材料であり科学の進歩に使われるという栄光を得られるのだよ?せっかく、君の部下をよみがえらせてあげたというのに……仕方ない。さあ、かつての君の上司に、君のパワーを見せてやれ。ワコ・モリヤマ……いや、リビングデッド666号!』

「ウ……ア……アアアアアアアアアアア!!!!!!」

突如、ワコはこちらに向かって凄まじい勢いで走りだした。大理石と赤絨毯の床に足形をつけてだ。恐るべきパワーに、俺は額に脂汗を感じた。

殺らなければ殺される。

ここで俺は死ぬわけにはいかない。

この命は使う場所があるのだ。

迷っている暇はない。俺はバックステップと同時に、違法改造マルチマガジン拳銃を発射した!

BLAaM!BLAaM!BLAaM!

ブスッ!ブスッ!ブスッ!

強装劣化ウラン銃弾を3HIT、だが彼女は全く止まらない。

『無駄だよ。拳銃など、彼女の身体には通じない』

ドクター梅田の嘲笑が聴こえる。だがそんなものを聞くつもりはない。俺は素早く次の手、ポケットから攻撃手榴弾を投げつけた!

KABOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!!!!

彼女の身体の皮膚が焼け、足が吹き飛ぶ。

「まだッ!!!」

手榴弾(グレネード)は足止め、背中のガンバッグから全長2mほどの銃を取り出し、1秒で自動展開する。万が一、機動兵器やMBTが繰り出された時のために用意していた奥の手、ストライカー蛮から譲り受けた試作プラズマライフルだ。照準は目測、すぐにぶっ放した。

カァオ!カァオ!カァオ!

得意な音を立てて、プラズマと化した弾丸がワコの胸と顔を吹き飛ばした。ジュッ!と嫌な音を立てる。

しかし彼女の身体は瞬時に再生を始めていた。5秒で内部組織を、10秒で表皮までが完璧に戻った。

『無駄だと言っただろう?彼女の細胞はがん細胞やクマムシやプラナリアやロブスターをベースに強化してある。決して死ぬことはない。おっと、そうそう。生殖機能だけは丁寧に再生しておいたよ、感謝してくれたまえ』

「黙れ!」

ライフルを投げ捨て、まだ再生の終わっていないワコの懐に飛び込み、即座にスーツの裾から条約違反超電磁暴徒鎮圧ロッドを取り出して、思い切り叩きつける。

バチバチバチバチバチバチバチィ!!!!

普通の人間なら内臓まで黒焦げになるはずの電撃だ。なってくれ!止まってくれ!これ以上、お前と戦いたくない!死ね!どうかここで死んでくれ、ワコ!!!

《マナー講座》市民の死は悲しいものですが、必要以上に悲しむのは失礼に当たります。市民は都市のためにその命を使い、必要であれば都市のために命を差出し、都市のために有害であるのならばその命を終える事がマナーです。

『無駄無駄。非生産的だよぉ?さあ、リビングデッド666号。キミの力を見せるんだ』

「アアアアアアアアアアアアア!!!!」

無惨にもその電撃は効かず、ワコのパンチが思い切り俺の胸を叩きつける。恐るべき衝撃を受けた。消化器が出血し、あばらが3本ほど折れ、壁にまで叩きつけられる。

ズシィィィィィィン!!!

床の冷たい感触を感じた。ああ、早く立たなくては。立たなくては!そう思った俺の前に、ワコの無表情な顔があった。恐るべき圧力で、俺は頭を握られ、宙ぶらりんにされているのだ。

「あ……あ……」

『さあ、お別れの挨拶をはじめよう。なあに、心配するな。今後は叛乱しない科学的ゾンビー・マナー講師の量産計画を立ててやるさ。もちろん君の死体も、リビングデッド666号とお揃いのゾンビーに仕立て上げるから安心したまえ。そしてブチっとやってしまえ!』

ワコの虚無の瞳と俺の濁った瞳の視線が合う。

俺の頭が必死に考える。違法改造マルチマガジン拳銃には、アンチ・生物兵器弾が入っていたはずだ。ガンホルダーから銃を抜き、マガジンセレクターを「UBW」に合わせ、ワコの顔に照準を向ける。

俺の心が必死に考える。初めてワコが俺の下に来たとき、家族のように接していたとき、訓練で汗を流したとき、あの日の朝ワコが事務所を出たとき、そして死体となって再開したとき。

カラン……カラン……

床に拳銃を落とした。

「ごめんみんな。俺にはワコを撃てない」

自然と、涙がこぼれていた。

『さあ、お別れの挨拶は済んだな?じゃあ地獄に行きたまえ!』

ワコを見た。

ワコの虚ろな瞳から涙が零れていた。

「ア……ア……」

「ワコ?」

「サダオ……ウミノ……シュニン……」

記憶がまだあるのか。ギリギリと額を圧迫し破裂させようとしていた頭に感じる圧力が、弱くなった。優しく、なった。ぽろぽろと、ワコの頬をとめどなく涙が流れ続ける。漏れたオイルのように。

『何をしている。早く殺さないか!?』

「コワカッタ……ズット……アイタカッタ……」

死体の中に僅かに残ったワコの心が、俺を殺さなかった。

『何故だ!?何故命令に従わない?!この役立たずめ!!!この失敗作め!!!』

ホログラムからドクター梅田のキィキィとした怒鳴り声が聞こえる。俺は、自嘲気味に、代わりに答えてやった。

「お前にゃ死んでもわからんさ」

『こうなれば秘密裏に内部に仕込んだ自爆装置を起動させてやろう!!!』

南無三!どちらにしろ詰んでいたか。だが、ここでワコと共に殺されるのならば、それも一興、上司と部下のマナーか。そう思った時だ。

『BLAM!BLAM!BLAM!』『なんだお前ら?!グワッ!!!馬鹿な!私が死ねば科学の進歩は』『BLAM!』

ホログラムの中のドクター梅田の額に銃弾が撃ち込まれた。誰が?そうか、ゲリラが浸透していたのだ!ドクター梅田の研究室に!

「外道は始末されるのがマナーだ……地獄に落ちろ、ドクター梅田……」

その瞬間、俺は地面に転がり落ちた。ワコはすとんと、膝をついた。痛む胸を押さえながら、銃を拾い、立ち上がる。そのまま、ワコに近寄り、額に手を置く。ピクリともしない。もう……いや、再び彼女は膝立ちのまま、動かなくなった。

「ありがとう、ワコ。ごめん、ワコ。また一緒に死んでやれない。もう少し、もう少しだけ待っていてくれ。同じ場所に行くから」

それだけ声をかけると、そっと瞳を閉じさせてやった。懐から携帯多剤混合モルヒネを自分の膝に撃ち、意識を保つ。俺はするべきことをするために、『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』へ向かった。

足取りがふらつく。

それでも急がないと。

時間はあと僅か。1分ほど。

それでもギリギリ、間に合った。

おぼつかない指で、スーツの胸ポケットをまさぐる。『エグゼクティブ・カンファレンス・ルーム』のドアを、あらかじめ用意したハッキングカードキーで開ける。

ピッ!

ガシュゥゥゥゥン。

ドアが開いた。

電気はついており、電源は通っているようだ。

人影はいない。おそらく、【エグゼクティブ】どもは、もう第六階層へと避難したんだろう。

構わず俺は一歩踏み入れる。

「お待ちしてました、主任」

ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!

オートマチック・ショットガンの銃声。振り向くか、振り向かないかの瞬間に、俺の全身に、正確に5発の散弾が撃ち込まれる。激しい痛みを感じながら床に倒れ伏しながら、俺は彼女のトレードマークともいえるマナー研修用ショットガンを俺の面に向けて構える一人のシニヨン髪をした女を見た。

「シエ……」

「主任……いえ、サダオ・ウミノ。貴方が都市に叛逆を行ったのは非常に残念です。せめて私の散弾で、貴方に最期のマナー指導をさせていただきたいところです」

速やかにマガジンをリロードしながら、シエ・ネモキは俺に銃口を向けた。

【つづく】