【発狂頭巾】あるこおるの恐怖!酩酊剣、吉貝に襲い掛かる!
発狂頭巾基礎知識
発狂頭巾とはTwitterの集団妄想から発生した「昔放送してたけど、今は放送できない、主人公が発狂した侍の痛快時代劇」という内容です。クレイジーなダーク・ヒーローです。狂化:EX。
壱
秋の夕べの事である。
その日の発狂頭巾こと吉貝何某は珍しく上機嫌であった。部屋の掃除をしていたハチも何やら上機嫌な事はわかるが、吉貝の機嫌の良いときは必ず何かトラブルが起こるので、警戒は解いていなかった。そのような微妙な空気の中、吉貝はふいにハチに切り出した。
「ハチよ。久しぶりに飲みに行かぬか?実は先日、平賀源内殿から金子を頂戴してな……なんでも新発明した酒が儲かったらしいぞ」
「へえ、平賀先生が……珍しい事もあるもんですね」
平賀源内……それは江戸の誇る非人道的天才学者であり、万能の天才と名高い彼の発明品は江戸に住む者の主要な死因にあげられるほどの危険性を誇っている。
だが、この際それはどうでもいい。決して酒癖が悪いわけではないが、普段から常識とは無縁の狂人吉貝を一人で飲みに行かせるというのは、獅子を繁華街に放つに等しい。
「もちろん。ご相伴させていただきますよ」
つまり、常識人のハチにとって拒否するわけにはいかない。
「おお、そうか。それは良い。久しぶりの酒は楽しみだ。フハハハ!」
掃除で出てきたよくわからぬ虫を追いかけて上機嫌が止まらない吉貝を眺めながら、ハチはそっと、深いため息をついた。
弐
江戸の夜は暗い。しかもこの木枯らしの吹く季節は出歩く人も少ない。それでも発狂長屋の近くにある零ベロ横丁(0銭で酔っぱらえるという意味)にはいくつか赤い提灯などで飾られた店から湯気が出ていた。
「おお、そこよそこ。この酒屋がよくてな」
吉貝が指し示した角の酒店には『居酒致し候』の張り紙がしてある。この酒店では店内で酒を飲め、簡単な肴も出すという現在の居酒屋の元祖(実際には立呑屋に近い)という形態の営業である。
「店主が煮売屋(お惣菜屋)もやっておってな。よいつまみと酒を置いておる。おい、店主、やっておるか?」
天外から声をかけても返事がない。普段ならこの時間帯なら、中から酔っ払いの声が聞こえていてもおかしくない。
「妙に静かですねえ」
「ううむ、妙だな」
その刹那である。
「ハチ、下がれ!」
「へ?」
吉貝は裏拳でハチを3間(約5.4m)ほど吹き飛ばした。それと同時に店内からだんびらが戸を突き破り、吉貝めがけて振り下ろされてきた。
『フャァアエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
かなりの使い手と見えた。恐ろしく速い切っ先を、白い眼で確認しながら、吉貝は後ろに飛びのこうと試みた。
「いって、何するんですか旦那……ってなんですか、これ!?狂人?!」
とっさに回避を試みた吉貝だが、その胸元からぽたりぽたりと血が零れ落ちている。僅かに斬られたが、致命傷ではない。しかし常に意識を虚数空間に置く常在戦場の境地に達した吉貝を斬り裂くとは只者ではない。
「何者だ?狂人か?名を名のれ!」
ゆらりと、暖簾をくぐって一人の刀を手にした男が出てくる。着流しを着て、町人風の髷を結ったその男は一目で尋常ではない精神の持ち主だとわかった。目は白目を剥き、よだれを垂らし、ひどく酒臭い、しかし少し甘い香りの息を吐く。左手には奇妙な瓢箪を、右手には血のべったりと付着した長脇差を手にしている。その異様な姿にハチは思わず悲鳴をあげた。
「あいえええええ、狂人!?」
「ええい、ハチ。情けない。この程度の狂人、わしの敵ではないわ」
流れる血も気にせず、吉貝は颯爽と懐から頭巾を取り出して頭に巻き、抜刀する。男は反応すら見せない。
「わしの名は発狂頭巾、人呼んで発狂頭巾…例え天が狂おうと、この発狂頭巾は見逃さぬ。ギョワーーーーーーーーーーァッ!!!」
中段の構えから素早い前進、そして刀で一閃……と見せかけて、発狂頭巾は思い切りその男の顔面をぶん殴った。
『フヒャァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!』
吉貝の凄まじい発狂膂力は怒り狂う阿弗利加象の突進に匹敵する。男の首からグキリという音がすると同時に、後方に吹き飛び、壁に激突した。がらりがらりと音を立てて、壁は瞬時に崩壊し、煙をあげる。
「安心せい。殴っただけじゃ。町人風情を斬るわしではない」
「いや、あんなの首に受けたら死にますって」
『ふひ……ふひひひ、ぬるいのう……この程度、酔い覚ましにもならぬ』
何者かの声が煙の中から聞こえた。
ふらり、と人影が現れる。先ほどの町人だ。首は270度ほど回転しているが、相変わらず白目で、ぴんぴんと体は動き、脇差を構えている。
『俺の名は剛酒寺零玖丸……ふひひひひ。飲めば飲むほど強くなる剛酒剣の使い手、ふひ、人呼んで剛零(ストロング・ゼロ)……ふひひひ、発狂頭巾、噂ほどでもないな。その首、この刀で撥ねて酒の席の肴にしてくれようぞ、ふひ』
ぐびり、と奇妙な酒を一口飲む。
くらり、と不思議な動きで零玖丸はふらめく。
ゆらり、と長脇差の切っ先が動く。
「ほう、酒を飲むと剣の切れが良くなった……こやつ、ただの酔っぱらった町人ではないな……」
「ひい、何ですかこの酔っ払いは……」
『ふひ、ふひひひ、俺の剣は零の酒の剣、酒に溺れ零に沈んだ者の魂を、七色に輝く零の豪酒を飲みてその身に宿す。俺は飲めば飲む程、強くなる。(ぐびり)ふひひひフヒャアエアエアァァァァーーーーーーーーーーー!!!!!』
突如、剛零(ストロング・ゼロ)は刃を返し、空中から発狂頭巾の頭をめがけて強襲を仕掛ける。すかさず構え弾き返し、鍔競り合いに持ち込んだ。
ギリリ……ギリリ……
「ぬう」
思わず発狂頭巾が声を漏らす。脇差の一撃が、先ほどと比べて恐ろしく鋭く、そして重くなっている。例え発狂頭巾といえども一瞬でも隙があれば両断されかねない。
『フヒヒヒヒ、言うたであろう。俺は飲めば飲むほど強くなる。フヒャァーヒャヒャハァアアアアー!!!!』
剛零(ストロング・ゼロ)はぬんっ!と力を入れると、ガキンッ!と音を鳴らして、発狂頭巾が態勢を崩し、よろめく。
「馬鹿な。これほど?こやつ、本当に酒を飲めば飲むほど、剣の腕を上げておる……」
「旦那ァ!?感心してる場合じゃねえですぜ」
『発狂頭巾、貴様も酩酊の幻に溶けい!!!フヒヒヒヒァァ!!!』
その隙を追撃にかかり長脇差を突き立てようとする剛零(ストロング・ゼロ)だが、その瞬間に既に発狂頭巾の態勢は整えられていた。奇妙な形の構えから、逆撃(カウンター)を仕掛けた。剣客が構えを取ったという事は逆撃の準備ができているという事である。
「酒に頼って何が発狂か。本物の狂気を見せてくれようぞ。参る!」
前進から冷たい狂気を滾らせ、氷結させた空気を纏い、剣先から一気にとびかかる。
『おほっ、ヒヒッ』ガキン、ぐびり!
長脇差で払い、ギリギリで防ぎ、酒を煽る。しかしこれは発狂頭巾の連撃の一撃目に過ぎない。矢継ぎ早に鏡に映った月光の如き俊足の追撃のなぎ払いを繰り出した。
「ギョワーーーーーーーーーーーーーーーーーァッ!!!!」
ガキン!
『ヒヒヒッ、淡いわ。その程度の剣は酒で言えば《ほろよい》程度のものよ。本当に狂ったか?』ぐびり!
今度の一撃は長脇差で少々の余裕をもって防がれ、またぐびりと瓢箪から酒を飲まれる。それでも発狂頭巾は止まらない。
「なにぃ?」(ここで白眼にカメラアップ)
くるりと態勢を整えると同時に、もう一度、三度発狂頭巾は突撃した。
「狂うておるのは……」
ぐらり、と発狂頭巾は睨む。
「お主ではないか!?」カァ~~~~~~~!!!(例の音)
三撃目、まるで梅の花びらのような刃の軌跡で、剛零(ストロング・ゼロ)を斬りつける。
「ギョワーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
梅の花弁が散るかのように、剛零から血が噴き出す。
これぞ瞬速の三連撃にして三つの剣筋を1つに合わせる発狂剣術秘奥義・狂い雪月花。発狂頭巾が3秒前に考えた存在しない技である。
「酒を飲んだだけで剣を学問を修められてはたまらぬよ」
残心を取り、くるりと後ろを向く。なんと、男はまだ生きており、立ち上がる。これには発狂頭巾も唸らざるを得ない。
『まだだ、まだ酔い足りねえ。完全に酒に酔え……』ぐびり。
ばたん。
その瞬間、男は顔から血の気を失い、倒れた。手にしていた瓢箪がパキンと、粉々になって割れた。
「むう?」
ハチは急いで、男の下に駆け寄り、脈を調べた。
「こりゃあ……死にましたね……たぶん死因はあまりに急に飲み過ぎて酒の毒にあたったかと……」
「ぬう……」
これには発狂頭巾も唸るほかは無かった。同時に、殺せなかったことをハチに八つ当たりし始めた。
参
店でのびていた酒屋の店主によれば、あの町人の男は昔は客としてよく来ていたが、最近どこかで珍しい酒を手に入れ、家で飲むことが多くなり顔を見せなかったそうだ。今夜やってきた時は、あの調子で『俺は剛酒寺零玖丸。酒によって力を得た』『酒の中に無数の意識が漂っている。その意識に接触した』『酒に滅んだ古今の英雄とも接触した。だから俺は古今無双の英雄だ』とのたまって、暴れたらしい。
「いやいや、まあなんとか退治出来てよかったですね」
ハチは店主から礼に貰った酒瓶とつまみの折り詰めを持ちながら、吉貝と共に帰り道を歩いていた。しかしながら、吉貝は「ううむ」「ふうむ」と唸ってばかりだった。
「どうしたんですかい?何か気にかかることが?」
「わしの思い過ごしであればよいが……わしにはあれが最後の剛酒寺零玖丸とは思えぬのだ。いずれ第二・第三の剛零(ストロング・ゼロ)が現れるような気がしてならぬのだ……」
「こ、怖い事を言わないでくださいよ、旦那……」
いそいそと二人は発狂長屋に帰っていった。遠くの小路の闇の中からその二人を見つめている男が、一人いた。
素性は知れぬ。だが、ひどく酔っていた。そして、先ほどのものと同じ瓢箪を手にしていた。そう、平賀源内印(平賀源内の発明品であることを示すマーク)のついた瓢箪をだ。そして、酒をぐびりと煽った。
『ヒヒッ!』
男は、明後日の方向に駆け出して行った。男……いや、剛酒寺零玖丸、剛零(ストロング・ゼロ)の行方は、誰も知らない。