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過酷未来のマナー講師-皆殺し編-《第1話:Manners of Victim》

【注意】第1話と最終話のみを書いたパルプです。一応R-15。【人が死ぬ】

その日のオメガ・フロント・中埠頭第四階層プラントには大阪湾から吹く海風が強く吹いていた。天気がいいためか、遠くにはうっすらと矯正農場と【エグゼクティブ】向け保養施設が並ぶ淡路島が見える。しかし気分は憂鬱そのもだった。この辺りは普段は電気トレーラーが走る産業道路と、下層からの荷揚げなどが行われており、自分達のようなスーツを着た人間は少なく、作業着の人々が多い中では浮いていた。

「サダオ・ウミノ、研修公社の《マナー講師》の者です。モリヤマの件で伺いました。大変ご迷惑をおかけしたようで…」

ぺこりと軽く頭を下げ、ID名刺チップを警備員に恭しく、しかし毅然とした表情で差し出す。警備員の男性は、怯えにも似た表情で情報を受け取り、軽く会釈を返した。

「シエ・ネモキ、同じく研修公社の《マナー講師》です」

俺の後ろにいた綺麗な栗色の髪をシニヨンにした20代前半の女、後輩マナー講師のシエも神妙な顔で、ID名刺チップを差し出す。

「ああ、あの子の……御苦労様です。こちらへどうぞ」

先ほどまでけだるそうにしていた【コモン】の市民バッジと『臨海フロント開発』の警備員は気の毒そうな顔で、ID表示を確認し、すぐさま俺を案内すべく、奥の安置所を指さした。職業柄、シエは「御苦労様は失礼に当たります」と言おうとしていたようだが、俺は軽く掌をかざし、制止した。事件が起こったばかりの時で目立つ行動は不味い。そう判断したまでの事だ。

ワコ・モリヤマ。

俺達の《マナー講師》チームの一員で、後輩だった女子講師だ。まだ20を超えていなかったが、しっかりした性格で皆に好かれていた。今日同行しているシエとは同期に当たる。

「シエ、確認は俺がしよう」

「いえ、ワコは私の同期ですから」

こう言いだすと、彼女は頑としても聞かない。事実、彼女達は仲が良く、この過酷な職場でよく二人で協力していた若手コンビであり、俺につけられた初めての部下でもあった。今回の仕事も、シエをサポートとしてツーマンセルで向かわせれば……と悔やむ気持ちが無いわけではない。しかしその表情を出すわけにはいかない。

「仏さんはこちらで……」

ワコの遺体は、血のにじんだ段ボール箱に入れられていた。暴徒に乱暴され、磔にされ、慰み者として嬲り殺され、死後も遺体を切断されてあちこちに吊るしてあったらしい。

「ありがとうございます」

俺は静かに、その箱を受け取る。死臭も気にならなかった。顔には出さなかったが、俺の心の中では、2年前にワコが初めて俺の下に来た時、訓練を指導した時、訓練後にシエと一緒にテラスタコ焼きバーに飲みに行った時、そんな時の彼女の笑顔が思い出していた。シエはずっとうつむいている。

『おい、公社の犬だぞ』

一般労働者であろう男達の声が聞こえる。俺は急いで懐の銃を抜こうとしていたシエの手を抑えた。

「ビジネスの場だ。後にしろ」

シエはこちらを睨んだが、大人しく命令に従ってくれたようだ。俺は本心からほっとした。若手の中でも荒事が得意な『散弾銃のシエ』とやりあうのは主任の俺でも手を焼く。

「俺も気持ちは一緒だ」

彼女は何も答えなかった。

《マナー講師》。

それは、この狂った時代に残った過酷な職業だ。

この時代、全ては肥大化した企業が支配し、完全に管理された人々は巨大建造物となり果てた都市に住んでいる。このオーサカでもそうだ。都市内部ではありとあらゆる人間が『身分証』によって階級で区別される。緑あふれる都市上層部に住み贅を極めた【エグゼクティブ】、都市管理や産業や行政の中枢を担う【マネジメント】、平社員から清掃員や警備員まで一般労働者である【コモン】の三段階があり、これらはほぼ世襲される。【エグゼクティブ】は生まれながらにして支配者階級であり、税金で

ここから外れた者として都市内部に居住権を持たない【アンタッチャブル】(都市内部に侵入した場合、一般人でも射殺が許可されている)、そして何らかの理由で身分を剥奪された【パブリック・エネミー】(本来は終身収容所や採掘所で死ぬまで働かされる)がある。俺の家は祖父の代でヘマをして【パブリック・エネミー】に格下げされた。

階級を超えて昇格するには並大抵のことではできない。特に【アンタッチャブル】と【パブリック・エネミー】からの上昇は難しい。その例外にあたるのが《マナー講師》の職だ。

《マナー講師》は公的な外部委託公社である研修公社に所属し、上官である《コンサルタント》(大抵は【マネジメント】身分の者達だ)の指揮下に入り、労働者である【コモン】に対して直接的な教育や指導を行う。これには暴力的手段、例えばスト破りや合法的私刑や奴隷労働の強制なども含まれる。当然危険も大きく、労働者達から恨まれ、殉職者が絶えない。

拳銃などの軽武装は許されているが、それでも危険は多い。今回も『怠慢労働者に対する公開制裁拷問および市民に対するマナーの周知』の警備任務に当たったワコが【コモン】の工員達の一部(過激派組織が蔓延っているという)に嬲り殺しにされたのも、そういった事情がある。

ようやくシエの気分も落ち着いたらしい。

箱を抱えて俺とワコはネオ・ニュートラムラインの乗り口に並ぶ。【コモン】など市民階級と違い、俺達マナー講師のような【アンタッチャブル】【パブリック・エネミー】階級は公的な葬祭サービスを受ける事ができない。自分達で死体を運ぶのは惨めな物であり、同時にワコの事を思い出し、忘れたはずの何かで目頭が熱くなる。

その瞬間、俺はシエを突き飛ばした。

「何を?」

「伏せろ!」

素早く懐の治安維持用9㎜拳銃を取り出し、発砲する。

「公社の犬め!」「殺せ!」

どうやら俺達は囲まれているらしい。ネオ・ニュートラムが来るまであと5分ほどかかる。駅警備員は《マナー講師》を護る義務はない。

《マナー講座》マナー講師は市民に自分達を護るよう教えるのは職権濫用にあたりマナー違反です。市民が護るべき対象は1に所属都市、2に所属企業、3に法規、4以下に自分達です。

先ほどまで俺とシエのいた場所がメチル火炎瓶で炎上する。ここは自分達で切り抜けるしかない。

「やるぞ、シエ。抜き打ちの対市民マナー講座だ、やれるな?」

「勿論。ワコの仇を取ってやる……マナー違反をたっぷり教え込んでやるわ!」

見ればシエもガンケースから愛用のソートオフ・ショットガンを抜き放っていた。その怒りと劇場に照らされた横顔に、一瞬だけ、俺は美しさを感じていた。

【つづく】

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