自分くらい自分のこと甘やかしても怒られない…と、思うよ。
逃げたくても逃げ方が分からなくて、逃げ切れなかった人を私は知っている。
生き方が不器用。とか、馬鹿正直とか。
その人を表すdisり表現は山のようにある。と、今となっては思う。
その人は事あるごとに
「私が世に出すもので誰かの心に響いたら最高やん。おこがましいかもしれんけど、それくらいの想いを込めてるんよ。とはいえ実際のところ、そんな事ないんだろうけどね」
と、ビールの泡を飛ばしながら寂しく笑っていた。
その人の事は好きでも嫌いでもなく。
「嫌いじゃない」くらいの存在だったように記憶している。
その人は、いつも紺色の無地のシャツに無地のズボンに焦茶色のコッペパンみたいな革靴のいでたちだった。
話を聞いてみると同じ服を何着も買って着まわしているらしい。
「衣装掛けに紺色のシャツばっかり並んでるんよ」
と、笑い、続けて
「本当はスカジャンとか革ジャンとか着たいけど、私はニュートラルというか“普通”を知りたくて。高くて派手な服も好きなんだけど、どこにでも馴染める服装も嫌いじゃないんだよね。お金があったらレンズとか買うしさ」
と、強がりを言うのであった。
私が知る限り、その人の金銭感覚はバグっていた。
「宵越しの金は持たない」ではないけれど、「あなた、絶対今月の出費は所得を超えてるよね?」という機材を買っていたり、平成末期の話だが、飲み屋のカウンターに座っていた全員の飲み代を気前よく払ったりしていたらしい。
ある日の会話
その人「飲みに歩く時用の名刺作った!」
私「ヤバ、どんなの?」
その人「こんなの!」
と、渡された名刺は“いい紙”に印刷された名刺だった。
私「これすごいな。見た事ない名刺の雰囲気。こういうのって高いんでしょ?」
その人「この名刺、1枚50円くらいするんよな」
私「え、1枚が⁉︎たっか!」
その人「高いけど、この名刺渡して、奢ってもらえたり、仕事につながったりしたら安いもんよ」
私「奢らないけど、1枚ちょうだい」
その人「いいよ、保存用とで2枚やるよ」
私「いらんいらん、その1枚別の人に配れ」
その人「なるほど、その発想は無かったな」
私「この発想は持っとけ」
気前は良かった。
気前は良かったが、元手が入ってきてる雰囲気は無かった。
その人の紺色のシャツはどんどんくたびれてきて、色も抜けて、よく見ると漂白剤がハネたのかベージュに脱色されてる部分もあった。
その近辺のある日の会話
その人「Nakasoneさぁ、私はもうダメかもしれん」
私「どうしたいきなり」
その人「金がない。本格的にお金がない」
私「ダバダバと湯水みたいに使ってるからやん」
その人「そうやなぁ。でも、さすがにヤバい」
私「お金は貸さないぞ。貸したら縁切るぞ。それに、あなたとは縁を切りたくないから貸さない」
その人「そして私の性格的に借りたら際限なく使って、それこそマジでヤバくなるから借りない」
私「分からんでもない。見えるよその未来」
その人「だよなぁ。今の生活も終わりかもなぁ」
私「いいじゃん、仕事じゃなくても、そういうの趣味とかでやれば」
その人「趣味か。それもアリかもしれんけど、プロに悪いやん。私の界隈を趣味にするってさ」
私「まぁなぁ。買い叩かれるかもしれんしな」
その人「それもあるし、プロではないから満額はいただけない。ってなって、値切られたりして界隈の相場を下げてしまうのもあるからさ。それはやったらアカンよ」
私「そうね、迷惑な人になってしまうな」
その人「スパッと辞めるかな。正直しんどい」
私「そうか」
その人「Nakasoneカメラいる?全部まとめて20万くらいでいいよ。パソコン付けるなら30万とかで。」
私「その機材とかの総額は?」
その人「言えないし知らない方がいいな」
その人は久しぶりに、寂しく笑って強がりを言っていた。
それから幾年。
すっかり疎遠になってしまった私です。
あの人は、いま明るく笑えているのでしょうか。
強がりを言わなくてもいい生活になったのでしょうか。
寂しい想いをしていないでしょうか。
「会いたい人には会いに行かなければ会えない」
昔、お坊さんに言われました。
そらそうよな。と、思います。
だから私は選択したんです。
まだ会わない。と。
ところで私は「誰かの明日を明るくしたい」と、誰の影響か、思っています。
この考えに基づいて動くので、暴走することも多々あります。
最近は、その行動の中に“自分”が入っていないか、少し立ち止まって考えられるようになってきました。
「私が、こうしたらいいと思っている」
「私の都合が良くなるように考えている」
「相手を思い通りにしたいから、主語を相手にしている」
などなど。
この見極めが難しい。
自分の汚い所を見るみたいで、ちょっとしんどい。
なんなら、都合よく解釈しがちな自分は自分に嘘を塗り重ねてしまいがち。
そんな時に「あの人だったらどうするか。」と、今でもたまに想いを巡らせます。
“あの人”は「しんどくても楽しいコト」を選ぶでしょう。
しかし“あの人”の意見を採用すると身を滅ぼしかねないので、シカトします。
でも、もしかしたら私は、あの人に憧れていたのかもしれません。
熱量のあるアツい気持ちも、大して無いお金を湯水のように使うのも、生活を犠牲にしてでも機材を買うのも、スッと身を引くのも、何かを抑えて寂しく笑う、あの表情にすらも。
あの人は、あの頃に、どう立ち回れていたら寂しく笑わなかったのでしょうか。
あの寂しい笑顔の強がりを、きっと私は忘れないでしょう。
私とあの人は違います。
私がもし、改めてあの人と会えるなら。
「自分くらい自分のこと甘やかしても誰からも怒られんよ」
と、言いたい。
そして、もしどこかで会えたら、一緒にビール飲もうよ。
名刺の分で1杯だけ、ご馳走するからさ。
現場からは以上です。
ではまた。