お題短編その2「彼には敵わない」

※ランダムワード「コナン・ドイル」「太陽」をお題にした企画短編です。

その「名探偵」と出会ったのは私が19の時、春だった。

浪人を経て大学に合格した私は、現役生のように浮かれることなく、キャンパス内をとぼとぼ歩いていた。若者達を捕まえようと熱気を帯びるサークル勧誘の人波。どうも私は「鮮度」がないのか、声をかけられない。もとより興味もないので、授業終わりの私は早く帰ろうと思っていた。

ふと、この空間に似つかわしくない男を見つけた。1人ビールケースの足場の上、黒スーツで叫んでいる。一応サークル勧誘の体は成していた。

「俺と共に世界を目指そう!恐れることはない!俺が導く!!新たな歴史の生き証人となれ!!」

掲げるプラカードに書かれた「推理小説研究会」と発言内容がまるで結びついていなかった。歩くのもやっとの人波にも関わらず、彼の周りだけややスペースがある。どうやら一年遅れても私と学生達の感性にズレは生じていないようだ。

しかし生命力には差があったのか、フレッシュな年下に押し流され私は不幸にも黒スーツの彼の前に追いやられてしまう。

「ほう、お前も研究会に興味があるのか。それに……闇を湛えた良い目だ。」

なかなか失礼な事を言われた苛立ちはあったが、関わりたくない思いが勝った。無視して人波に戻る。

「まあ待て一浪くん。世の流れから離れるのも一つの知恵だぞ。」

意外に強い力で腕を捕まれ、引き戻された。わざわざ足場から降りてまで私を引き止める必要があったのだろうか。抵抗しようと思ったが、急激に目の前の人波がうねり出しそれどころではなくなった。

「ラグビー部とその獲物達の行進だ。無料の食事会を謳い、集まった新入生を強引に入部させるという。あの中の何人が上級生の圧や口車を跳ね除けられるか、少し興味があるな。」

この男は誰に対しても失礼らしい。しかしラグビー部による混沌を既のところで回避できたのは彼のおかげだ。私はつい、お礼を言っていた。

彼は気にするなと言わんばかりに手を振り、

「それよりお前もここに登るといい、下を向いて生きていたんだろう?どうせなら高いところから下を向け。色々見えて面白いぞ。」

推理小説研究会は大学の空き教室を勝手に使っているらしい。怪しげなカルト組織だったら逃げるつもりだったが、メンバーは彼一人のようで、それが逆に不安を和らげた。いや彼を信じた訳では無い。少し興味が湧いた、程度のことだった。

「自己紹介しておこう。俺は『吉田 名探偵(コナンドイル)』、推理作家志望の一年生だ。」

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

「ペンネームじゃない、いわゆるキラキラネームというやつなんだ。名探偵と書いて『コナンドイル』と読む。」

自分がされたら発狂しかねない命名センスだと思ったが、実を言うと学年の方が気になっていた。

「名前の読みがホームズだったならまだ諦めがついたものを。両親が行方不明で未だに由来もわからん……いや、すまない、昔話がしたい訳では無い。この会を立ち上げたのは、『せめて名に恥じぬ物書きでありたい』と思ったからだ。」

とても重要な話をされている気がしたが、吉田が自分より年下なのではという考えが頭から離れない。

「『ホームズ』や『コナン』と呼ばれている限り俺のアイデンティティは探偵になってしまう。まずは『現代に甦ったコナン・ドイル』と呼ばせてやる。そしてゆくゆくは彼を超える。俺の名を世界に轟かせ、歴史に刻むのだ!」

話の内容とテンションが先の演説に繋がった。それに彼の闘争心にはどこか若さを感じる。貫禄はあるものの、18歳の一年生であることに合点が行くのだ。

「熱くなりすぎた。これは反省せねば。さて、お前に声をかけた理由だが、お前には読者をやって欲しい。」

私は思わず、へ?と変な声を出してしまった。

「そんなに意外か?小説には読者が必要だろう。」

このまま暑苦しい演説が続くものだと思っていた、などとは言えなかった。

「優れた物語は人生を切り取る。人生に闇はつきものだ。そしてお前は闇を知っている人間だ。お前には俺の小説の闇を評価して欲しい。」

いくらなんでも買い被り過ぎだ、と思ったのが顔に出たらしい。

「もちろん、素人の感想レベルで構わない。あとはこっちで分析するからな。」

それもそうか。人生のヴィジョンが出来ている人間には、行動や能力も伴う。私が一浪した理由はそこにあるし、受かった今もそれを持っているとは言い難い。サークル選び・勧誘に勤しむ先ほどの若者達ですら、まだ私よりヴィジョンがある。

「また目に闇が濃くなってるぞ。卑下でもしているのか。」

失礼な上に悔しくなるほど鋭い男だ。

「肩の力を抜け。外でバカ騒ぎしている彼らの強みを知っているか?無知と鈍感だ。深く考えない態度も使い用。お前はもっと怠けていいのだ。」

私がその言葉に感じたものは、その時の私では上手く理解できなかった。

「さあ、次はお前の自己紹介だぞ。いくら「名探偵」でも推理できないものはある。」

後編へ続く。


入川礁/役者/舞台/ボイスドラマ/映像/Twitter/SHOWROOM/脚本/遊戯王エンジョイ勢/ホグワーツ休学中/Shadowverseに浮気中






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