お題短編小説その5「真実への挑戦」
※お題ワード「りんご」「う〇こ」
※過激な描写を含むため、閲覧は自己責任でお願いします。特に食事中の閲覧は、推奨しません。
※ファンタジーです。
見渡す限りの大海原。空は澄み渡り、上も下も、清々しいまでの、青。ボートの上で目覚めてから一時間が経っているという状況を考えなければ、感嘆の声を上げていただろう。
私の乗ったドリームカムトゥルー号は嵐に見舞われ、沈没した。救命ボートも次々に転覆し、私も波に飲まれたことは覚えている。
まさか、生き延びられるとは。
だがこの状況はいっそあの時死んでしまえば良かったと思えるほどに酷い。360度全てが水平線、島どころか魚や鳥の影すら見えない。物理的な孤独を極めた瞬間である。
ドリームカムトゥルー号は、願いをかなえる伝説のリンゴ「アダムとイブの罪」を手に入れるために出港した。冒険など全く興味もない私だが、親の遺した借金と、働かずに金が欲しいという怠惰な心根から、乗組員として参加していた。それがこのザマだ。
喉が渇いてきた。腹も減ってる。もうダメかもしれない。ボートには何も積まれていない。全て海に落ちてしまったのだろうか。私は目を閉じ、このまま目覚めなければいいのにと願いながら眠りに落ちた。
「目覚めよ、人の子よ。」
変な夢だ。
「夢ではない、救いの神は目の前にいるぞ。」
救いの神ならもう少し早く来て欲しかった。
「いいや、今からでも間に合う。最後のチャンスだ。」
押しが強いな……めんどくさ。
「こら、起きるのじゃ!」
腰あたりに堅い何かがぶつかり、鈍い痛みで目が覚めた。
「良く来た、人の子よ。」
怪しげな老人が木の杖を手に微笑んでいる。白いローブ、長いあごひげ。ボートの中にちょこんと座ってこっちを見ている。
「ばかな。」
「神に向かってばかとはなんじゃ。救いの神じゃぞ。」
「幻覚?」
「現実じゃ。ほれ。」
神が杖を振ると、2つの皿が、蓋が付いた状態で現れた。
「え、すごい。」
「信じてくれたかの。」
「えー、はい、一応。」
「最高に腹立つ返答じゃ。」
神って想像してたより人間臭いな。
「まあよい、ところでこの中には食べ物が入っておる。」
「ほんとですか!」
「ただし、これは試練じゃ!」
老人が杖を振ると蓋は消え去り、皿に乗せられたものがあらわになった。
「えっ!」
片方には赤く色づいたリンゴ、そしてもう片方には……人糞が乗っていた。
「これって、う〇こじゃ……」
「安心せい。これはう〇こに見えるが実はリンゴじゃ。わしのまじないで見た目と匂いと食感をう〇こに似せてあるのじゃ。」
「それもうただのう〇こな気がする。」
「逆にこっちは見た目も匂いもりんごじゃが、正体はう〇こ。好きな方を選んで食べるとよい。」
「いやですよ!普通にリンゴくださいよ!」
「神様はただで人に情けをかけるわけにはいかんのじゃ、わしが与えるのは望むものを勝ち取るチャンスのみ。」
「望むもの?」
「お前は伝説のリンゴを探してここに来たのじゃろう?この二皿のどちらかがその『アダムとイヴの罪』じゃ。」
「そうか、食べると願いが叶う!家に帰れる!借金もなくなる!」
「願いは一つじゃぞ?」
「あ、これ普通に見た目う〇このこっちが当たりか!」
う〇こ味を体験するのはしんどいが命には変えられない。私は手を伸ばす。
「待たんか馬鹿者が!そうとは限らんじゃろう!」
「え、なんで?」
「伝説のリンゴじゃぞ?おぬしはそれを見たことがあるのか?」
「ないですね。」
「伝説のリンゴと呼ばれているだけで、それが本当にリンゴなのかは誰も知らんのではないか?」
「あー、」
言われてみれば確かに。願いをかなえる力なんて神の領域、つまりは何でもありの世界だ。『アダムとイヴの罪』の正体が人糞で、この老人がまじないをかけて食べやすくしてくれているという裏事情があったとしてもおかしくはない。見た目を変えたせいでリンゴと伝わったのかもしれない。
「あれ、でもなんでそんな、手がかり教えてくれるようなことを?」
「お前があまりにも迷いなく選んだからじゃ!これは試練、そんなすぐに終わっては困るからのう。」
なんだ、形式主義か。
「馬鹿もの!これは儀式のようなもの!形に意味があるのじゃ!」
「心読めるんですか!?」
めんどくさいな……あ、しまった。
老人が今にも杖で殴ってきそうだ。
「ま、まあ要するに、選ぶこと自体に意味があるってことですよね、う〇こ味のリンゴかリンゴ味のう〇こかで悩めと。」
「そうじゃ。家に帰りたければな。」
うーん、さっきは見た目う〇こに手を出しかけたけど、よく考えたら見た目リンゴの方が当たりのような気がしてきた。
「いや、待てよ……」
どうせ心覗かれてるしもう口に出しても関係ない。
「神様は見た目う〇こを取ろうとした瞬間に、見た目リンゴが当たりであると思わせるような手がかりをくれた。」
私は誘導されていたのだ!正解は見た目う〇こに違いない!
「こら!神がそんな人間みたいな真似するか!」
「でもリンゴとう〇この二択を迫るような神だし!」
「形式上仕方ないのじゃそれは!」
仕方ない?そうか、これは儀式、形に意味があると言っていた!う〇こであることにも意味があるということか!?
「おい。」
二択なのは対比構造!食べたいものと食べたくないもの!生と死!口に入れる前と尻から出た後!
「深読みしすぎじゃ!」
そうか!
「伝説が真実なら、かつて誰かが『アダムとイヴの罪』を食べたということ!もし!それが世界に一つしかないリンゴなら!それは既に食べられてしまったのだから、う〇こになっているはず!答えは見た目リンゴだっ!」
「そんな罰当たりな発想が!あるかっ!」
「いだっ!」
視界に星が散った。老人が杖を構え、仁王立ちになっている。
「ええ……違うんですか。」
「どこの世界に一度消化されたリンゴを人に勧める神がおるんじゃ!」
「う〇こ皿にさらに乗っけてる時点で説得力ありませんよ!」
「ぐ……普通に伝説のリンゴは復活するんじゃ。」
「なんだ、そうなんすね……」
しかしまたわからなくなった。見た目リンゴを選ぼうとしても止められたし、やはり悩む過程が大事ということなのか……
「そうじゃ悩むが良い、若者よ。」
老人が微笑んでいる……微笑んでいる?
私が悩んでいるのがこの老人にとっては得ということか!
「これ、また邪推しおって!」
「あなたはこの極限の二択を迫られて悩む姿を見たかった!それが目的なんだ!本当はここに「アダムとイヴの罪」なんてないんじゃないですか?!」
「いやちゃんと、」
「もう口車には乗せられませんよ!さあ!信じて欲しかったらまずはあなたがこの二つを食べてください!」
「はあ?!」
流石の神様も驚いている。ここが攻め時だ。
「あなたが二つを一口ずつ食べて下さい!そうすれば一口分の願いは叶えられるでしょう?その願いで食べた部分を戻すんだ!それで伝説は証明される!」
「何わけわからん事を言っとるんじゃ!出題者を巻き込むでない!」
「ビビってるんですか?神様ならこんなのどうってことないでしょ?!」
思い付いたことをドバドバまくし立てるだけ、私自身にも私の思考はよく分かっていなかった。
「ええい!そこまで神にたてつくとはいい度胸じゃ!」
「神だからってなんでもかんでも思い通りになると思わないでくださいよ!」
窮地に陥っている私に何も失うものはない。私は皿の上のリンゴと人糞を両手で鷲掴みにすると、老人に襲いかかった。
「この罰当たりめが!」
老人の叫びと共に体が前に進まなくなった。どれだけ脚を動かしてもほんの数十センチの距離が縮まらないのだ。腕をつき出そうとしても言うことを聞かない。
「最後の忠告じゃ!試練に戻れ!考える事を放棄する気か?!」
「死にかけの人間を弄んで何が試練だ!そんなに人間からの尊敬が欲しいのか?」
だったら余計なことせずに伝説のリンゴをよこせ!
「支離滅裂のようでちゃっかり助かろうとしておるなお主?!」
「それかもっと早くに助けろ!船が沈む前に!借金塗れになる前に!」
確実に神にすがるしかない状況で現れやがって!
「それが神というものなのじゃ!そういう形式なのじゃ!」
「あんたが神としての自分を貫くなら!こっちだって人間としての自分を貫いてやる!」
それは、自分でも狂気と思えるような閃きだった。
「待て、馬鹿者?!」
「うおおお!!!」
私は手に持った二つを、両方とも口に入れた。
これが私の答えだ。真実はいつだって手に入るものじゃない。万能じゃない人間には、こうやって、無理やり結論を出さなきゃ行けない時がある!神に背いてでも!
片方はひんやりして固く、片方は温かくて柔らかかった。その二つは口の中で調和することなく存在感を発揮した。シャリシャリとした甘味、グチャグチャした苦味、生と死を内包した、まさに人生のような体験。
だが匂いでは、死の圧勝だった。
汚物の匂いをここまで至近距離で嗅いだ経験など私にはなかった。幾度も吐き出しそうにはなったが、その度に爽やかな果実の香りが私を引き止めた。両方を呑み込まなければ願いは叶わないのだ。食べ切る。何としても食べ切る。それだけが私の選んだ道、私にとっての真実はこの先にあるのだ。
最後の一口はほとんど噛まずに飲み込んだ。リンゴの果汁で飲み込みやすくなっていたのは不幸中の幸いと呼ぶべきかもしれない。脱力し、船底に横たわった。
「よくもまあ綺麗に完食しおって。」
「全然変化を感じないんですけど、やっぱり両方とも外れだったんですか。」
「まあの。この試練は、意を決して選ぶ勇気があるかを見るためのものじゃったからの。」
老人はどこからか光り輝く何かを取り出した。リンゴなのかどうか、光が眩しくて分からない。
「それが、「アダムとイヴの罪」……」
「そんな縁起の悪い名前はやめて欲しいがのう。これはお主にやるわい。」
「え、いいんですか。」
「答えを選ぶ覚悟は見られたしのう。反則スレスレじゃが。」
「助かるなら儲けもんですよ……」
「それもそうじゃの。ほれ、手を伸ばせ。」
思わず伸ばした手は右手、う〇こを触った手だったが、汚れがいつの間にか取れていた。ありがとう、神様。
「なあに、汚い手で触って欲しくないだけじゃよ。」
ほんと、この神様は好きになれないなあ。
「お主、口開くの面倒くさくなっとるな?」
うん。
私の手に光が触れた。掴む前に、手の中に吸い込まれて消えてしまったが、代わりに体の奥から心地良さが湧いてきた。
「人によってたどり着く真実は異なる。お主のそれが、幸福なものであることを祈っておるぞ。」
心地良さが全身に広がり、視界がぼやけてきた。
目が覚めると、屋内にいた。見覚えのある天井、壁、窓、その他家具たち。家を出てから三日と経っていないはずだが、懐かしさを感じる。しばらく室内を見渡し感傷にひたっていると、階下で家の扉を叩く音がした。借金取りのお出ましだ。
扉を開けた途端、男二人がバケツで何かをかけてきた。水……ではない、鼻がひん曲がりそうな匂いだ。
「利子の代わりだ!」
全身びしょ濡れでどろどろになってしまったが、思いのほか心は凹んでないことに気付いた。
「なんですか、これ。」
男二人が一瞬、意表をつかれたような顔をしたが、すぐに勢いを取り戻した。
「馬糞だよ!これ以上利子を上げてもてめぇは払えねぇだろ?代わりに毎日糞まみれにしてやれってさ!」
「え、じゃあ馬糞被ってれば利子増えないんですか?」
「は?」
「あの、馬糞を余分に被ったら今までの利子減ったりとかしませんかね?」
「な、なる訳ねぇだろ!何言ってんだ!」
「分かりました、牛糞も被りましょう。」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「頭いかれてやがるぜこいつは!」
どこぞの神様の方がまだ融通は効いた。まあその分悪趣味だったけど。
「じゃあ分かりましたよ。毎日馬糞被って利子増えない、それで十分です。出稼ぎに行ってくるんで道開けて貰えますか。」
「え、ええ……」
あっけに取られる二人を後目に、私は街へと続く道を歩き出す。
私の願いは「伝説のリンゴをなかったことにしてください」だった。ドリームカムトゥルー号なんて存在しない、借金地獄の生活に私は戻ったのだ。
しかし手ぶらの帰還ではなかったようだ。以前の私は仕事が長続きしないのが悩みだったが、今はなんでもできるように思えた。私の中の真実が、私に都合のいい方に変わったのだ。
そうだ、肥溜め掃除の仕事でもしてみようか。糞まみれの格好だから出直してこいと怒鳴られるかもしれないが、糞まみれになる覚悟があることだけは伝わるだろう。
了