小説「自殺相談所レスト」8-4
自殺相談所レスト 8-4
登場人物
嶺井(ミネイ)リュウ
森元(モリモト)カズキ
依藤(ヨトウ)シンショウ
五月女(ソウトメ)チヨ
関(セキ)モモコ
「どういうことです?」
『俺を殺せ』だと?
画面に映る森元は不敵な笑みを浮かべている。
「言葉の通りさ。お前の超能力で、画面越しに俺を殺してみろ。そうすればこの状況は大きく変わる。」
直接触れてない相手に『力』を使えということか?
「もちろん、今までのお前じゃ出来ないのは知ってる。だが、お前の力は鍛えられるらしいじゃないか。今この場で、自分の限界を超えてみろ。手も使わず、その場にいないものを殺す。人質を助けたければそうするしかない。ほら、お前たちも応援するんだ。」
森元は自身のスマホを持って移動した。画面に二人の少女が座っているのが映る。さらに森元が二人のさるぐつわを外すのが見えた。
「嶺井ちゃん!」
「リュウさん!」
関とチヨが口々に叫ぶ。森元がそれを制した。
「関!チヨちゃん!無事か?」
「はい、平気で、」
チヨの言葉は、森元の叫び声でかき消された。スマホの画面が揺れる。
「ぐっ!このガキ、噛みつきやがった!」
続いて頬をひっぱたくような音。嶺井は思わず叫んだ。
「やめてください!」
「それはこっちのセリフだ嶺井、お前自分の助手にどんな教育してるんだっ!」
森元はスマホを置いたらしい。揺れていた画面が安定し、再び人質の二人が映された。森元は関に銃を突きつけている。
「依藤から一丁借りてね……素人でも至近距離で撃てば殺せるだろ……」
「森元さん!」
「嶺井!関モモコに大人しくしていろと言え!」
従うしかない。
「関、森元さんを刺激するような真似はしちゃダメだ。」
関は何も答えなかったが、悔しそうにうつむいた。
「さて、話を戻そう……嶺井、お前に時間をやる。五分だ。その間に超能力を磨いて、俺を殺してみろ。」
「何故すぐに僕を殺さないんです?」
「希望を与えた方が絶望は深まるからな。俺はその瞬間が見たい……だが、ただ五分何もせずに待つってのも退屈だ、そこで、一分おきにお前の手足を依藤が撃ち抜く。時間がかかるほどお前は痛みで集中できなくなるわけだ。両足、両腕、五分目には頭だ。」
徹底的に僕をいたぶる作戦か。
「後悔しても知りませんよ、森元さん。」
「ああいいね、その意気だ。依藤!準備は出来ているな!」
依藤が嶺井の脚に銃を向けた。
「いつでもいいぜ。」
森元が自分の腕時計を見ながら言った。
「時間は俺が計ろう。さあ、超能力チャレンジ、スタートだ。」
やるしかない。
嶺井はまず、依藤を睨んだ。まず手を使わずに『力』を発動させる。依藤を気絶させられれば、画面越しの森元にも効果が期待できると考えた。
倒れろ、倒れろ……
しかし、依藤の様子に変化はなかった。
「一分経過だ。依藤、撃て。」
銃声。嶺井の右脚に激痛が走った。太ももが撃ち抜かれていた。チヨの叫び声がした。
「リュウさん!」
「チヨちゃん、僕は大丈夫だ、大丈夫だから……」
「声が震えてるぞ、嶺井!」
森元のヤジは無視し、嶺井は依藤に集中した。
イメージしろ。僕の『力』は体内に源がある。今まではそれが手から出ていたにすぎない、視線から『力』を放て!出来るはずだ!
依藤に変化がないまま、一分は過ぎた。
「依藤、撃て。」
嶺井の左脚、また太ももが撃ち抜かれた。嶺井は叫ぶまいと必死に堪えた。苦しむ姿は森元を喜ばせるだけだとわかっていた。
痛みにひるむな!今度は手を使う!後ろ手に縛られているだけで、切り落とされたわけじゃない。
嶺井は両手を握りしめた。強く握り過ぎて、全身に脂汗が噴き出してきた。
「まだか?嶺井!俺の体はまだ何ともないぞ?」
森元は相変わらず楽しそうだ。依藤に効果は現れない。
くそっ!どうすればいいんだ!
「3分経過だ!」
依藤が銃を嶺井の右肩に向けた。
「待て!依藤!」
「なんだよ森元さん。」
「嶺井はさっき事務所でお前に右肩を撃たれていたよな?」
「ん?ああ、そういえばそうだな。」
「利き手を二度も撃つのは可哀想だ。そこでだ……」
森元は銃を関の右肩に突きつけた。
まさか!
「やめろ!森元さん!」
森元が関を撃った。横にいたチヨが悲鳴を上げる。関は、体を丸めて痛みに呻いてる。
「関!!!」
「時間は進んでるぞ、嶺井!せっかく助手が文字通りの『肩代わり』をしてくれたんだ、頑張らないとなあ!」
森元は高笑いしている。嶺井はここ何年か忘れていた、怒りの感情に駆られていた。体が熱い。特に、手が燃えるように熱い。
「うっ、」
依藤が呻いた。明らかにふらついている。気分が悪そうだ。銃を構えている手が微かに震えている。
「依藤、どうした?」
画面の向こうの森元が、依藤の異変に気づいた。
あと少し、あと少しで依藤を倒せる!
「4分経過だ!依藤!」
依藤が嶺井の左肩を撃った。痛みで集中が途切れた。
「ずるいよあんた!まだ4分になってない!私時計みてたんだから!」
チヨが森元に抗議している。
「黙れ!お前にも弾をくれてやろうか?!」
依藤はというと、嶺井の『力』が途切れたことで、回復したようだった。
「やるじゃねぇか、リュウ。森元さんが早めにコールしてなきゃ、俺はやられてたかもしれねえ。」
ダメだ、今ので体力が大幅に減った……残り一分、依藤を倒してる暇はない、直接森元さんを気絶させるしか……
「嶺井、気分はどうだ?無力をかみしめてるか?その絶望が、俺の味わったものだ。アカネを失った時、お前が感じるはずだったものだ!」
「森元さん、僕は絶望をもう味わってます!心が砕けそうになるほどの痛みを、もう僕は知ってるんです!でも僕はそれを受け止めたんですよ!前に進むためにはそうするしかなかった!」
「黙れ嶺井!アカネが死んでなお『前に進む』などと考える方がおかしいんだよ!」
もう何を言っても彼には通じない……
嶺井は疲弊しきった全身をふり絞るようにして『力』を呼び起こした。傷口から血が噴き出した。無我夢中になり、気づくと嶺井は叫んでいた。タイムアップが迫る中、嶺井は大声をあげて自分の『力』を、画面の向こうに集中させていた。
しかし、何も起きなかった。
「時間だ、依藤。」
依藤が銃を嶺井の頭に向けた。
まだだ、まだ諦めるな、何としても二人を救うんだ!
依藤は笑っていた。心からの喜びといった表情だった。
「本来なら絶対殺せる状況なのに絶対とは言い切れない、下手すりゃこっちがやられる……俺はこういうのを待ち望んでた、お前と初めて会った日からな。この緊張感をくれたお前には、マジで感謝してるぜリュウ。」
そして、依藤は撃った。不思議とリュウには弾が見えた。ゆっくりと回転しながら、流線型のそれは近づいてきた。弾は視野の死角に入り、次の瞬間、眉間に焼き付けるような熱を感じた。
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