小説「自殺相談所レスト」6-1
自殺相談所レスト 6-1
登場人物
依藤シンショウ……腕利きのスナイパー。面白くない仕事はしたくない。
嶺井リュウ……超能力者。お人好しな性格のようだが……
雨野舞……依頼人。DV被害者。
雨野哲司……依頼人の夫。DV加害者。
雨野香織……依頼人の一人娘。
俺の名は依藤シンショウ。その道じゃ名の知れたスナイパーだ。その男が訪ねてきたのは、年の暮れの、一際冷え込んだ夜の事だった。おれはちょうど、風呂上がりで全裸だった。
「すみません。」
ああ?ドアの向こうから知らない声……しかもちょうど丸腰のタイミングとは、さては俺を狙う刺客か?
とっさに洗面台にあった剃刀を引き抜き構えた。
「あーすみませんね、今ちょうど風呂に入ってるところで。どちら様です?」
俺はリビングに移動し、さも油断しているように返事をした。
「それは失礼しました。仕事の依頼で来た、嶺井というものです。」
何だ仕事か……仕事だあ?!不愉快なワードだぜ……どうする?おとといきやがれって追い返してもいいが、ここんとこ働かなさ過ぎて金欠なのも事実っ……!
「誰の紹介だ?」
まだ嶺井とかいうやつを信用したわけじゃなかった俺は、テーブルの上のホルスターから愛用のデザートイーグルを引き抜いた。返答次第じゃ、ドア越しにこいつをぶっぱなしてやる。
「高見さんという方から。」
高見か!あいつの紹介なら少しは期待できそうだ……が、俺は仕事を選ぶタイプでね。
「楽しい仕事なんだろうな?」
こいつは俺が客に必ずする質問だ。ドキドキもワクワクもねえ殺しはしねえって決めてるのさ。
「いえ、むしろ心苦しい仕事だと、僕は思います。」
「何?」
いけねえ、つい動揺の声が……しかし、俺を知ってる奴はみんな、『楽しい仕事』だって俺を釣ろうとするもんだ。『心苦しい仕事』だと?こいつはバカなのか?だが、おもしれえじゃねえか。
「おいおい、殺しを心苦しく思う殺し屋はいねえよ!」
俺は嶺井ってやつを部屋にいれることにした。
五分後、嶺井はテーブルに着き、俺の入れたインスタントコーヒーを飲んでいた。俺は裸にバスタオル一枚、手にはマグカップという恰好だった。
「嶺井とか言ったな、おまえ、堅気だろ。」
「なぜそう思うのですか?」
「俺くらいになると匂いでわかるからな。」
「堅気だから、僕を部屋にいれたのですか?」
「たまには堅気と仕事するのも面白そうだからな。」
「聞いていた以上に大物ですね、あなたは。しかし、今回の依頼がご期待に副えるかどうかは、」
「前置きはいい。」
俺は嶺井を遮った。
「俺は誰をやるんだ?」
嶺井は首を振った。
「誰も。」
あ?
「殺すのは僕がやります。」
「ああ?!」
また声に出しちまった。
「依藤さんには死体に銃創を作ってもらうだけです。」
俺はマグカップを落としそうになった。
「おいおいおい待てよ、頭がパンクしそうだぜ、いや、パンクした。死体に銃創を作る?コナンの犯人みたいな偽装工作をしようってのか?それよりまず、お前に人が殺せるのか?」
「僕は人を殺したことがあります。」
こいつ、堅気じゃないのか?
「説明します。僕の手に触れてください。凶器がわかります。あ、カップは置いた方がいいです。」
嶺井は手を差し出した。
投げ技でもかけるってのか?
俺はマグカップを置き、嶺井の手を取った。その瞬間、
「うっ、」
体の力が抜け、バランスを失った。
嶺井が手を離した。俺は床に膝をついていた。
「お、おい、何しやがった……」
「超能力、魔法、神通力、解釈は自由です。とにかく僕は、触れた相手を死に至らしめる力を持っています。今のは感覚麻痺にとどめましたが。」
「おいおい、コナンだと思ったらTRICKのほうだったか……じゃねえ、それを信じろってのか?」
「高見さんには信じてもらいました。もう一度試しましょうか?」
嶺井は物腰穏やかだったが、目は本気だった。
「はは、参ったな、お前もなかなかの大物だぜ……依頼を詳しく聞かせてくれ。」
「はい。まず、僕はこの力を活用するため、今年の十月に『自殺相談所』を開いたんです。」
「自殺相談所?」
「自殺ほう助や、安楽死をサービスとして行う事業です。」
俺はマグカップのコーヒーを一口飲んだ。
「へっ、体良く言ってるが、要はお前も殺し屋ってわけだ。」
「とりあえず今はその理解で結構です。それで一昨日、雨野舞という女性が、夫との無理心中を依頼してきました。DVがあったそうです。」
「旦那を道連れにってか?」
「ええ、さらに、14歳の娘に保険金を残したいので殺人に偽装してほしいそうです。」
「すげえ依頼だな。お前の専門外じゃないのか?」
「僕も迷いました、これはもはや殺人と詐欺ですからね……しかし僕は引き受けた。計画を説明しても?」
「おう。」
「依藤さんには押し入り強盗を演じてもらいます。僕はセールスパーソンとして中に入り、雨野夫妻を引き付けます、合図を出したら依藤さんが侵入、銃を向けてください。」
そのまま俺が撃っちまうのはダメなのか?
「隙をついて僕が二人に触れます。安楽死は一瞬で完了するので、僕が触れたのを見た瞬間に、二人の急所を撃ち抜いてください。」
「安楽死が一瞬?」
「僕が本気で念じれば、ろうそくの火を吹き消すように一瞬です。」
「おっかねえなあ、お前が殺し屋を始めたら俺たちは残らず店じまいだな。」
「競合する気はありませんよ……今回の計画は発砲のタイミングが肝です。僕の安楽死に合わせることで、遺体は実質射殺となり、警察の捜査もごまかせて、保険金もおります。」
実質射殺って、最初から射殺でいいような気がするが……どういうことだ?
「それと報酬ですが、強盗に見せかけたいので金庫を持っていきましょう。舞さんが事前に開けておいてくれます。中身は5:5で分ける、といのでどうでしょう?」
「それで構わねえ。」
構わねえんだが、妙だ。
嶺井がカバンから一冊のファイルを取り出した。
「こちらが今回の計画の詳細と、雨野夫妻の資料になります。」
俺はファイルを受け取り、嶺井は帰っていった。
この案件、妙なことだらけだ。嶺井はこの仕事を心苦しいと言ったが、それは嶺井に罪悪感があるからだろう。ならどうして引き受けた?わざわざ二度手間なトリックを使う必要もわからねえ。依頼人の雨野舞って女も変だ。嶺井に依頼するくらいなら、家族や友人、専門家に相談すりゃいい、何も死ぬことはねえんだ。俺の知らない何かがあると見た……
だが俺はこの仕事を引き受けた。謎だらけだが嶺井ってやつの仕事ぶりには興味があったし、何より金欠だったからな。