小説「自殺相談所レスト」8-1
自殺相談所レスト 8-1
登場人物
嶺井(ミネイ)リュウ
関(セキ)モモコ
依藤(ヨトウ)シンショウ
久遠(クオン)
嶺井は事務所に戻ると、関に応接室を調べるよう指示した。
富山は事務所に盗聴器を仕掛けていた。回収し損ねたならまだあるはず……普段から戸締りをしない、この応接室が怪しい……
応接室にはほとんど物がない。窓枠、蛍光灯、絵画、ソファ、テーブル、盗聴器が壁に埋め込まれていなければ、候補はかなり絞られる。
「あったよ嶺井ちゃん!」
関はテーブルをひっくり返していた。脚の付け根辺りに、拳ほどの大きさの機械がビニールテープで固定されている。嶺井はそれを引きはがし確認した。百円ライターをさらに短くしたようなサイズで、ボイスレコーダーのような形をしている。
間違いない、これが盗聴器だ……
ドアを勢いよく開けて、依藤が入ってきた。大きなトランクを抱えている。
「リュウ!持ってきたぜ!盗聴器発見装置!」
「よとっちゃん、もう見つけたよ。」
数時間後、依藤は盗聴器の解体と録音内容の分析に成功していた。
「レコーダー内部のSDカードには、今日を含めて三日分の音声しかねえな。」
関が尋ねた。
「じゃあその盗聴器は一昨日仕掛けたものってこと?」
「いや、この盗聴器はSDカードを取り換えれば何度でも使える代物だ。盗聴がいつから始まってたのか、これだけじゃわからねえ。」
嶺井は腕を組み、二人の会話を聞きながら考え事をしていた。
富山を操った人物をXとしよう……Xはそもそもどうして、盗聴なんかしていたんだ?僕の何を知りたかったんだ?
「富山さんはそんなにしょっちゅうここに来てたのかな。」
「ここのドア開けっ放しだからな、夜にでもくりゃ仕掛けるチャンスはいくらでもあるだろ。」
でも昨日は富山は昼に来て、関と鉢合わせた。おそらく、その日のうちに持って来いなどとXに指示されていた可能性がある。くそ、富山がそれを教えてくれていれば、こちらからXに奇襲をかけられていたかもしれないのに……
「しかし妙なんだよな、この盗聴器のバッテリーはまだ半分も使ってないのに、なんで回収しようとしたんだ?もったいない。」
え?
「小まめに変えるタイプなんじゃない、よとっちゃんと違って。」
「俺はまめじゃねえってのか!」
こんな事態だというのに関と依藤は言い合いを始めた。
「だってよくトイレットペーパーが芯だけになってるじゃん!流しの三角コーナーだってゴミだらけだし!」
「俺には俺の生活パターンがあるんだよ!」
いや、盗聴器のSDカードを取り換えるのが小まめだと、見つかる恐れが増してしまう。それに富山は盗聴器を『回収しに行った』と言っていた。『交換』ではない……
嶺井の頭に一つの可能性がよぎった。
「まずい。」
「どうしたの、嶺井ちゃん?」
盗聴器の回収を指示したのは、もう『必要ないから』だとしたら?
「関、緊急事態だ。事務所を引き払う。すぐに金庫を運び出してくれ。」
Xがこの部屋の会話を盗聴していたなら、僕の能力のことも当然知っているはず。そしてまともな神経の人間なら僕のことは怖くてたまらないはずだ。これまでの依頼人にもそういう人は少なくなかった。だけどXは、富山を脅して囮に使った手口から言って、残忍で狡猾な性格だ。僕を恐れるよりは、なんとか僕の能力を封じる策を練るだろう。そしてそんな敵が盗聴の必要がないと判断する理由があるとしたら……
「依藤、関を安全な隠れ家まで連れて行ってくれ。」
「おいリュウ、どういうことだよ?」
「この事務所は危険だ。関、急いで!」
関はようやく動き出した。
「焦るなんてらしくねえぜ、リュウ!」
「敵の狙いはたぶん僕だろうけど、富山相手にも人質を取るようなやつだ、関も狙われるかもしれない。そして敵の準備はもうできていると読んだ方がいい。」
依藤の目つきが変わった。油断の消えた目だ。
「君には数日間、関の保護を頼みたい。」
「任せな。」
だめだ、情報が少なすぎる……Xが警察や暴力団のような組織なら、富山を使ったりはしないだろう。僕を消すか利用するのが目的の個人か?久遠の例もある、なんらかの能力者かもしれない。とにかくあらゆる可能性を考えなくては……
『あんたら、読まれてるよ……』
Xは、富山が捕まる事は想定していた。ならば、僕たちが警戒して事務所を引き払おうとすることも読んでいるかもしれない……しかし僕に対して何らかのアクションを仕掛けるとしたら、そんな状況は望ましくないのでは?
荷物をまとめながら、関が話しかけてきた。
「ねえ、嶺井ちゃん。明日の予約はどうするの?森元さんが来ることになってるけど……」
「ああ、依頼人の人たちには日程と場所が変わることを伝え……」
言いかけて、嶺井は体に電撃が走ったかのような感覚がした。
待てよ……もしかして……いや、そんなことがありうるのか?
「どうしたの?嶺井ちゃん。」
「関、そのことは後でまた指示するから、今は避難が先だ。」
「わかった。」
関が去り、代わりに依藤が来た。
「リュウ、俺たちはいつでも出られるが、お前はどうする?」
「先に行っててくれ。僕は少し調べたいことがあるから。」
「わかった。」
五分後、関は依藤に連れられて事務所を出た。
金品や、個人情報の入ったパソコンは全て運び出した。これでこの事務所は今、『空』だ。この場所で何が起きても大丈夫だ。だが、まだやることがある。僕の直感が、間違っているか確認しなくては。
嶺井が思わずため息をつくと、背後からいつもの不愉快な声がした。
「お疲れのようですね、嶺井さん。」
振り向くと、久遠が手に持った風車をいじっていた。
「心的ストレスだけじゃない、力を使ったことによる疲労もあるんでしょう、私も同じ超能力者なのでわかります。」
「理解を示されても君だとあんまり嬉しくないな。」
「まあひどい。」
久遠は風車に息を吹きかけ遊んでいる。実際嶺井は疲れていた。力を使うと、全力で走った後のように体が重くなるのだ。
「ところで嶺井さん、あなたをつけ狙う謎の人物を、もし捕まえたら、富山さんの時のように拷問するんですか?」
「さあね。それは状況次第だよ。」
「じゃあ、例の男が危険な人物だったら、あなたは力を使って殺すこともあるわけですか……それは興味深いですね、あなたが初めて、頼まれてもないのに人を殺す瞬間になるわけですから……」
「ずっと思っていたんだが、君は悪趣味だよ。」
久遠は笑い出した。
「分かってくださいよ、長生きしても飽きなかったもの、それが『人の人生を鑑賞すること』だったんです。人生で重大な決断を下すとき、人の魂は大海の荒波のようにうねる。そして結論次第では、人は不可逆的な変化をも遂げる。時に輝かしく、時に微笑ましく、時に虚しく……あなたほどの人間であれば、きっといい感動が得られると、私は期待していますよ。」
「君と会話してると余計に疲れてくるな。」
「ではそんなあなたに、ちょっとしたサービスをしてあげましょう。」
久遠は嶺井に近づき、肩に触れた。
「何をして……えっ!」
嶺井は驚いた。突然疲れが消え、体が軽くなったのだ。
「私は触れた人間に生命力や活力を与えられます。肉体があったころはもっとこの力も強かったのですが、今ではマッサージと同じくらいの効果しかないんです。」
「君は……いったい、なんなんだ?」
素直な疑問だった。
「それはどうでもいいことですよ。それより嶺井さん、あなた何か調べることがあるんでしょう?」
「ああ……」
「私はこれで失礼しますので、残業頑張ってくださいね。」
久遠はそう言うと、風車を回しながら、入り口のドアから出ていった。
「そうだ……急がなきゃ。」
嶺井はポケットから、スマートフォンを取り出した。