小説「自殺相談所レスト」8-7
自殺相談所レスト 8-7
登場人物
五月女(ソウトメ)チヨ
関(セキ)モモコ
森元(モリモト)カズキ
嶺井(ミネイ)リュウ
依藤(ヨトウ)シンショウ
その時、入り口のドアの向こうから嶺井の声がした。
「関!チヨちゃん!無事か!?」
「嶺井ちゃん!」
「リュウさん!」
関とチヨは思わず歓喜の叫びをあげた。森元がすかさず吠える。
「嶺井リュウ!人質を助けたいんだろ!一人で入って来い!依藤にはドアから離れるように言え!!!」
「わかった!二人には手を出すな!」
チヨは嶺井を信じていたが、ここに来て急に不安になった。
リュウさんはどうやって私たちを助けるつもりなんだろう……
ドアが開いた。嶺井が入ってきた。撃たれたせいだろう、少しふらついている。
「よかった、二人とも無事だったんだな。」
森元はにやりと笑った。
「ああ、今まではな。」
そして手に持っていたライターを、灯油まみれの床に放った。火が勢いよく燃え上がり、チヨと関が座っていたソファがたちまち炎に包まれた。
「きゃあ!」
チヨは思わず目を閉じ叫んだが、熱は感じなかった。
え……?
目を開けると、二人の座っているところだけ、火が来ていなかった。
「森元さん!なんてことを!」
嶺井の方を見ると、こちらに右手を向けている。超能力で火の手を抑えているのだ。
「辛うじて人質を守ったか……だが、火をすべて消せるわけではないみたいだな。」
部屋は既に火の海と化している。
「ここがお前の限界だろう、嶺井!」
森元が銃を嶺井に向けるのと、嶺井が左手を森元に向けるのが同時だった。
銃声。
膝をついたのは嶺井だった。
そんな、リュウさん……やっぱり、火を食い止めるので精一杯なんだ……
森元が高笑いする。
「どうした嶺井?弾丸を殺しきれてないぞ?」
森元が再度発砲する。弾は足に当たったのか、嶺井がうめき声をあげ、倒れる。
「もうやめて!リュウさんが死んじゃう!」
チヨの悲痛な声は森元の狂った笑い声にかき消された。
「これでいいのさ!痛みと苦しみを味わいながら死ぬこの運命が!アカネも味わったんだから!嶺井!お前を殺した後は俺も死ぬ!アカネのいない、惨めな人生に終止符を打つ!」
「いいわけないだろう、そんなこと。」
「ああ?」
嶺井はまだ、立ち上がろうとしていた。
「僕だって、アカネが死んで胸が張り裂けそうだった。自殺も考えた。でも何より、アカネの人生を無駄なものにしたくなかったんだ。アカネの生きた証を形にしたくてこの『レスト』を作ったんだ。あなたが自分の人生を『惨め』だなんて決めつけたら、アカネと過ごしたあなたの時間が無駄になってしまうだろう!」
「黙れ!」
森元が撃った。嶺井は吹き飛ばされ、床にのけ反った。
「何がアカネの生きた証だ!こんな中途半端が事業がか?!この『レスト』じゃあ、死にたいって相談しても生きることを勧められる!自殺相談になってないんだよ!本当に死にたい人間にはな、お前の言葉は迷惑なんだよ!」
チヨはあることに気づいた。
「確かに、僕は中途半端かもしれない。」
リュウさん、笑ってる……
「でも僕はそのスタイルを変えるつもりはないよ。ここにはいろんな人が来るんだ、本当に死にたい人、本当は生きたい人、どっちか分からなくなってる人。かつてアカネにしたように、一人一人と向き合って、その本当の願いを叶えてあげたい。それが『レスト』の意義だと思ってる。」
森元は、かつてないほど険しい顔になっていた。
「もう、お前と話すことはないな……」
森元が銃を向けながら嶺井に近づいていった。
近くから撃って殺す気なんだ!
その時、関が立ち上がった、すでに縄は解けている、関は背後から森元に掴みかかった。
「チヨちゃん!お願い!」
関の言葉でハッとした。チヨも手足の縄が解かれている。
そうだ、私にも出来ることがあった!
チヨが走り出すと、行く手を阻む火の海が割れた。嶺井のおかげだろうが、確かめている暇はない。窓にたどり着くと、一気にブラインドのひもを引いた。
「くそ、放せ、このガキ!」
背後から森元と関がもみ合う音がする。チヨは一心に紐を手繰り寄せた。
死にたくない!死なせたくない!
そのチヨの強い思いが後押ししたかのように、ブラインドが上がっていく。
「この!まずはお前からだ!」
森元の声がして振り返ると、まさに関が撃たれそうになっていた。
「させない!」
嶺井が左手を上げると、森元の体が強張った。
「くそ、嶺井め!動け俺の体!!!」
ブラインドが上がり切った。
この瞬間、レストの向かいのビルの屋上で、依藤はスナイパーライフルを構えていた。彼の目は、スコープ越しに、窓の向こうの森元の姿を捉えていた。
「今度は完璧なタイミングだろ、森元さんよ。」
依藤は引き金を引いた。
「ぐあっ!」
森元が叫び、その手から銃が落ちた。関がその隙をついて森元にとびかかり、組み伏せた。
「くそっ!くそぉっ!!」
嶺井が銃を拾い、森元に近づいた。
「もう終わりにしましょう、森元さん。」
嶺井が左手で森元の肩に触れると、森元の抵抗が次第に弱まっていった。同時に戦意も殺されてしまったのか、森元は悔しそうにつぶやいた。
「俺を……殺せ、嶺井。」
「その前に、アカネからの伝言があります。」
「伝言、だと?」
「ええ。依藤に撃たれたときに、走馬燈を見ましてね。そこで彼女に会ったんです。」
森元の目が嶺井を見た。
「……アカネは、なんて?」
「大バカ野郎、って。」
森元は小さく笑った。そして、涙を流した。
「そうか……そうだな……」
嶺井はそれを見届けると、森元の肩から手を離した。
「関、チヨちゃん、今の僕じゃ炎を殺しきれない。事務所を捨てる。外へ出るんだ。」
「わかった。」
「はい。」
嶺井が手をかざすと炎の中に道ができた。関、チヨ、嶺井、森元は、そこを通り、ドアから脱出した。