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第33回・早送りと巻き戻し

失恋をしたら髪を切ったり、髪型を変える、なんて話はよく聞いた。
いつまでも、辛さや悲しみを引きずらないように、気持ちを入れ替え、過去の自分に別れを告げる。
そして、かつての恋人を忘れるために。失恋だけでなくとも、例えば気合いを入れたい時や、願掛けのために。

いずれも『変身願望』が、そこにはあるのだと思うが、そんなことをしても、自分は自分でしかない。
髪を切ったって、別人になれるわけでもないし、忘れたい思い出や記憶が、消えるわけでもない。

ましてや、髪の毛を切ったくらいで入る気合いなら、それはハリボテの様なモノだ。

順序が違う。
まずは内面からだろう。

気持ちと心が十分に整い、次のステージに移行できる活力を感じたり、ボルテージが上がった結果、それに伴った外見的印象を自分に求めるのならわかるが、まず先に外見や格好からと考えるのは、安易すぎる。
葛藤を繰り返したり、疲れ果てるまで頭を使わずに、ろくに考えもしないから、いつまでも自らの内面の弱さに引きずられるのだ。
と、私は思う。

早く理想の自分になりたい。
現状と向き合っていたくない。

そんな風に思うから、安易な考えで、例えば髪を切ってしまうのだろうが、それは観たいだけの場面を探す様に、『早送り』のボタンを押している様なものだ。

ドラマや映画を、早送りで観て、内容がわかるだろうか?
『今』という、その時その時を理解していなければ、次の場面には繋がらない。
感動や楽しみは、薄いモノにはならないだろうか?
おそらく、そんなモノは、すぐに忘れてしまうだろう。
ならば、観ない方がマシだ。
時間の無駄である。

忘れられるのであれば、良いのでは?と思うかもしれないが、『忘れること』は、自分の人生の一部を放棄しているに等しい。
どんなに辛くても、苦しくても、覚えていることは重要で、それも大切な喜びだ。

忘れるために髪を切ろうが、切ったその瞬間から、『巻き戻し』は始まる。
髪は伸びる。

もし、また髪が伸びて、切る前と同じ長さになった時、そこにはどんな自分がいるだろうか?やはり自分は自分でしかない。

前回の『再生と停止』の中で、『トカゲのシッポ切り』の話を書いたが、今回の話も、それに似たようなところがある。
前回は、組織の中の不都合の責任を、弱い者(シッポ)に負わせていたが、今回の話は、過去の自分に全ての荷物を持たせている。
シッポ(髪の毛)を切ることで、過去と自分を切り離し逃げたつもりかもしれないが、もしまた戻ってくるであれば、今度はその荷物が持てるほどに強くはなっていたい。

恥じることはない。
どんなに気持ちが落ちていても、そんな自分にも自信を持つ。
それが『再生』だ。
思考停止をしていては、物語は進まないのだ。

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