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わたしの本棚21夜~「君がいないと小説は書けない」
表現者は覚悟がいる、と言った女の先輩がいます。自分をさらけだす覚悟がないと良い作品は生まれない。なかでも小説家は、闇の部分をさらけだす覚悟がいる業の深い職業だと思います。白石作品の中では、直木賞受賞作「ほかならぬ人へ」が好きで、恋愛小説の名手と思っていた氏にもこんな辛い体験があったとは、自伝的体験のこの小説を読んで、改めて、書くことの業の深さを感じました。
☆「君がいないと小説は書けない」白石一文著(新潮社)2090円(税込)
大手出版社の優秀な編集者の主人公は妻と離婚したいばかりに、妻の一番大切にしている息子に暴言を吐きます。「おまえさえ生まれなければよかった」父親の言葉にショックを受けた思春期の息子はふさぎがちになり、主人公も家を出て、暴言への後悔もあり、精神を病みます。仕送りだけは続けるものの、家族にも仕事にも未練がなくなります。そんな中、最愛の女性ことりさんにマンションのごみ捨て場で出会い、もう一度、書くことで人生をやり直します。
前半は、リアルな描写で、出版業界の過酷な仕事、主人公の出世街道をひた走る様子が描かれ、その反面、家庭を省みない様子には、同じ子どもを持つ女性として胸いたみます。後半、伏線を回収しながら、ことりさんとの生活が描かれ、人生で何が大切かを悟っていきます。ことりさんの浮気への疑惑は、ミステリー調ですが、少々つくりものめいており、前半の事実をもとにしたさらけだした部分に比べるとトーンダウンします。文章上手く、一気に読ませて、作家白石一文誕生までの軌跡がわかり、同時に作家の業の深さを感じました。古くは瀬戸内寂聴、高樹のぶ子、そして白石一文と子どもを置いて家を出てきたわけで、それでも書く、という姿勢に作家の魂をみた思いがしました。
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